人員配置基準緩和は介護人材不足の切り札になるか?

慢性的な介護人材の不足が継続している。

今後も30万人から50万人の介護人材の不足が続くと見込まれている。

しかし、人口減少社会の日本では一定の肉体的負担が生じる介護業務に従事する人は増加しにくい状況である。

そのため、介護離職防止の施策、介護職再就職の支援、外国人労働者参入などの施策が行われているが、大きな効果を上げているとは言えない。

近年、厚生労働省は慢性的な介護人材不足の解消のために「ICT導入による人員配置基準緩和」を検討している。

これは、特別養護老人ホーム、介護老人保健施設、介護付き有料老人ホーム、認知症高齢者グループホームなどの介護保険施設にて、見守りセンサー、介護ロボットなどのICTを活用することで、介護職の配置を削減し、それにより介護人材不足を補おうとするものである。

現在の介護報酬改定でも、特別養護老人ホームにおける人員配置基準緩和が行われている。

以下の要件が満たされることを条件に規定に基づき算出される配置人数に0.8を乗じて得た数以上の人員基準が緩和される。

  1. 夜勤時間帯を通じて、利用者の動向を検知できる見守り機器を当該事業所の利用者の数以上設置していること。
  2. 夜勤時間帯を通じて、夜勤を行う全ての介護職員又は看護職員が情報通信機器を使用し、職員同士の連携促進が図られていること。
  3. 見守り機器及び情報通信機器(以下「見守り機器等」という。)を活用する際の安全体制及びケアの質の確保並びに職員の負担軽減に関する事項を実施し、且つ、見守り機器等を安全かつ有効に活用するための委員会を設置し、介護職員、看護職員その他の職種の者と共同して、当該委員会において必要な検討等を行い、及び当該事項の実施を定期的に確認すること。

さらに、今後の人員配置基準緩和を進めるために、2022年6月よりICTによる人員配置基準緩和の実証事業が開始された。

実証事業のポイントは
①ケアの質を低下させないことを前提としている
②ICTを利用することによりケアにどのような影響が出るか
③ICTを利用すれば本当に介護業務の負担は軽減されるのか

従来よりICTを用いた人員配置基準緩和には次のような意見がある。

①ICTの活用により継続的にケアの質が向上するのか懐疑的である
②ICTの活用で従業員を減らすのではなく、介護の質を上げるために他の業務に人を配置するべき
③事務職はICTなどを活用したリモートワークも導入するべき

また、介護ロボット、見守り機器も様々な商品が出ており、どのようなICT機器が介護現場で有用であるかも今後検証が必要である。

テクノロジーの導入には費用もかかるため、介護報酬で評価する施策も必要となっている。

投稿者
高木綾一

株式会社WorkShift 代表取締役
国家資格キャリアコンサルタント
リハビリテーション部門コンサルタント
医療・介護コンサルタント
理学療法士
認定理学療法士(管理・運営)
呼吸療法認定士
修士(学術・経営管理学)
関西医療大学保健医療学部 客員准教授

従業員の経営者目線より経営者の従業員目線が問われる時代

医療・介護事業を営む経営者がよく持つ悩みとして、「従業員が経営者目線で働いてくれない」「経営に関心が乏しい従業員が多い」などの従業員の経営に対するコミットメントの低下が挙げられる。

医療機関や介護事業所の経営環境の変化が激しい事態においては、従業員の経営に対するコミットメントは必須であり、経営が成立しなければ従業員への給料の支払いも困難となり、果ては事業停止に追い込まれることになる。

よって、経営者の仕事は「従業員の経営へのコミットメントを高めること」であると言っても過言ではない。

しかし、従業員に「会社経営に関与してほしい」「経営者目線で仕事をしてほしい」と直球の言葉を投げかけても、従業員からの共感は全く得られないのが現実である。

なぜならば、従業員にとって会社経営より自分の働き方、待遇、キャリアデザイン、経験などの自分に関する出来事に関心が高いからである。

誤解を恐れずに言えば、「従業員は第一に自分のことを考える」のである。

「そんなことは、けしからん!」と怒りのお声を経営者の方より頂きそうであるが、経営者は第一に経営のことを考えており、お互いさまの状況である。

経営者目線を従業員に浸透させることは極めて難しいと言える。

それではどのようにして従業員の経営に対するコミットメントを高めればよいのだろうか?

キーワードは「経営者の従業員目線」である。

従業員の関心事に積極的に会社側が関与し、従業員の行動変容を促し、その結果、会社経営へのコミットメントを高めると言うものである。

具体的には以下のような取り組みが「経営者の従業員目線」である。

従業員のキャリアデザインを支援する教育・業務体制を構築する
従業員が共感する企業理念・ビジョンを設定し、実践を支援する
従業員を内部顧客と位置づけ、従業員満足度に視点をおいた人事制度を構築する
企業理念・ビジョンとのマッチングを重視した求人・採用を行う
管理職と従業員の意思疎通を重視し、従業員の不満に対するリスクマネジメントを行う

一点、注意しなければならないのは「従業員に気持ちよく働いていただくために企業側が従業員に迎合する」ことでは、ないということである。

あくまでも、企業理念・ビジョンの実現のための従業員目線の実践である。

人ありきの医療・介護であるため、人の行動変容への取り組みは最重要課題であると言える。

投稿者
高木綾一

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感染対策や利用者状況変化に強い介護事業の在り方

地域包括ケアシステムが導入されて久しい。

地域包括ケアシステムの基本理念の一つとして「最後まで住んでいる地域で生きる」というものがある。

そのため、利用者を取り囲む事業者は利用者の状況が急性増悪や感染症などで変化した場合、事業者間で連携し、利用者の不利益が最小限になるように努力しなければならない。

そのため、医療や介護においては地域連携という概念の浸透が急速に浸透した。

しかし、新型コロナウイルスが蔓延してからは新しい形の介護事業を必要となってきた。

それは、一つの企業体が多機能な事業所をいくつも経営する多機能拠点集中サービスである。

多機能の拠点があるために、利用者の急性増悪や感染症に罹患した場合、適切なサービスに変更を行うことができる。

例えば、通所介護で感染症に罹患した患者が生じた場合、速やかに訪問看護や訪問介護のサービスに変更し、利用者の状態安定化と通所介護での感染予防を図ることができる。

また、介護、看護、リハビリ職種への人材不足への対応策としても有効である。

職員の急な休みやシフト変更などが生じた場合、他の事業所からの人材の支援を受けることができる。

ただし、この方法を実施するためには次のような要件が必要である。

1)複数の事業所を運営できる資金が確保されている
2)複数の事業所のマネジメントができる人材が確保されている
3)同一グループとして利用者を支援するという理念が浸透している

これらの要件を満たすことなく、多角経営に踏み切るのはハイリスクである。

資金力のある法人が多角経営に踏み切ったがその数年後に廃業に至ったと言う事例は多い。

廃業の原因は、マネジメントができる人材不足、理念の非浸透である。

一方で新型コロナウイルスのような新興感染症はいつ生じるかわからない。

そのために、多角経営を見据えることが重要な時代になったと言える。

投稿者
高木綾一

株式会社WorkShift 代表取締役
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関西医療大学保健医療学部 客員准教授

通所介護の無料体験は実はアウトな件

通所介護の利用を検討するにあたり、介護支援専門員や家族より「無料で体験できませんか?」、「お試し利用できますか?」などを依頼されることが多い。

私の知りうる範囲では、ほとんどの事業所が無料で料金を徴収せずに、通所介護の体験利用を実施していることが多い。

しかし、お試し利用や無料体験は、実際の利用者と相違ない料金を徴収することが多くの自治体での原則とされている。

某市の規定
体験利用の位置づけについて指定通所介護事業所における無料もしくは低額でのサービス提供は、利用者間の公平性の観点等から適正とはいえず、体験利用と称して、指定通所介護と同様のサービスを提供する場合には、利用者からその費用の10割の支払いを受ける必要があります。

しかし、実際は多くの事業所において介護支援専門員や家族の要請に応じて、無料でサービスを提供していることが多く、厳密には実施指導における指導対象となる可能性がある。

適正にお試し利用を実施するためには、有償の保険外サービスとして実施する必要がる。

介護保険サービスと同等の料金を自己負担してもらうことで保険外サービスとして認められる。

また、某市では次のように保険外サービスの規定を設けており、全国各地でも同様の措置が取られている。

1)介護保険のサービス提供に支障が生じないこと。
2)介護保険利用者を優先すること(保険外サービスの利用者がいることにより、介護保険利用者の利用を拒否しないこと。)。
3)定通所介護等において必要となる人員に加えて、余剰人員を1人以上確保すること。この場合、保険外サービスに従事している時間は、指定通所介護等における勤務時間には算入不可であること。
4)指定通所介護等の利用者と保険外サービスの利用者の合計数が、指定通所介護事業所等の定員を超過しないこと。
5)指定通所介護事業所等の職員以外が保険外サービスを提供する場合には、利用者の安全確保の観点から、当該提供主体との間で、事故発生時における対応方法を明確にすること。
6)提供した保険外サービスに関する利用者等からの苦情に対応するため、苦情受付窓口の設置等必要な措置を講じること。
7)なお、指定通所介護事業所等において既に苦情受付窓口の設置等必要な措置を講じている場合、当該措置を保険外サービスに活用することも可。
8)指定通所介護事業者等は、利用者に対して特定の事業者によるサービスを利用させることの対償として、当該事業者から金品その他の財産上の収益を収受してはならないこと。

ここで最大の問題は、「余剰人員の確保」である。

人員確保が難しい通所介護では非常にハードルの高い要件であると言える。

無料体験やお試し利用を実施している通所介護においては、管轄自治体の行政資料を確認し、実施指導の対象になる行為がないかの確認をするべきである。

違法行為をしている場合は、外部のステークホルダーだけなく、従業員にも不信を抱かせてしまう可能性があり、通所介護の運営が阻害される可能性がある。

投稿者
高木綾一

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2022年度診療報酬改定に向けて精神疾患患者とリハ抑制の議論が再燃

令和3年8月25日に開催された中央社会保険医療協議会では「訪問看護の利用者の激増」に対する議論が行われた。

一部の委員からは「訪問看護の利用者の激増は、訪問看護サービスに適していない状態の患者が相当数いるのではないか?」という疑念が持たれている。

確かに、訪問看護の利用者は激増している(下図)。

(令和3年8月25日 中央社会保険医療協議会 資料)

特に精神疾患患者の利用者数の増加が著しい。

近年、精神科訪問看護基本療養費を算定する事業所が増えている。

これは訪問看護事業所が増えてきたことにより、利用者の獲得の難易度が上がったため、精神疾患患者の利用者獲得を行う事業所が増えたことや30代から50代の精神疾患が増えており、その在宅での対応のニーズが増えたことが関係している。

ただ、本当に効果的に精神疾患患者に対する訪問看護サービスが適切に行われているか疑念が持たれている。

2020年度診療報酬改定では精神科訪問看護の算定要件となる「GAF尺度」が導入された。

GAF尺度とはGlobal Assessment of Functioningの略で全体的評定尺度と呼ばれるものである。

成人の社会的・職業的・心理的機能を評価するのに用いられている1~100の数値スケールで、数値が大きいほど精神面について健康であると評価される。

2022年度診療報酬改定では、GAF尺度が適切に運用されているかについて議論が行われ、精神疾患患者の訪問看護利用抑制について検討される可能性がある。

また、訪問看護事業所の理学療法士等のリハ職が占める割合の増加も議論の対象である。


(令和3年8月25日 中央社会保険医療協議会 資料)

看護職員数の多い訪問看護ステーションは機能強化型訪問看護管理療養費の届け出を行っている率が高い。

訪問看護は「重度者や終末期」への対応が本来の役割と考えられており、近年は医療保険の機能強化型訪問看護管理療養費、介護保険の看護体制強化加算の算定が推進されている。

したがって、理学療法士等が占める割合が多い訪問看護事業所は訪問看護のあるべき姿として不適切であるという考えが加速している。

2020年度診療報酬改定および2021年度介護報酬改定でも訪問看護は適正化を図る改定内容が相次いだ。

2021年度診療報酬改定では、訪問看護適正化の措置がさらに加速すれば、2024年度診療報酬・介護報酬同時改定にも大きく影響する。

精神疾患患者の利用者を急増させている
リハビリ職種の割合が高い
重症患者が少なく要支援者の利用者多い
重度者対応ができる看護師、リハ職が少ない
等の訪問事業所は近い将来存続の危機が訪れるかもしれない。

投稿者
高木綾一

株式会社WorkShift 代表取締役
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