プレゼンティーズムが企業を蝕む──健康経営が未来を守る

働きながら身体的・精神的な不調を抱える労働者が、近年ますます増加している。

少子高齢化が加速し、労働人口が減少するなかで、健康を損ないながらも働き続ける人々の存在は、企業や社会にとって重大なリスクとなっている。

たとえ職場に出勤していても、本来のパフォーマンスを発揮できずに生産性が著しく低下している状態──これを「プレゼンティーズム」という。

目立たないが深刻なこの問題は、経営層や人事部門が軽視できるものではなく、企業の収益性や競争力を左右する重大な経営課題である。

精神的な不調としては、うつ病や不安障害、燃え尽き症候群が代表的である。

これらのメンタルヘルスの問題は、本人すら自覚がないまま深刻化することが多く、職場での支援が遅れる原因となる。

一方、身体的な不調としては、腰痛や肩こり、膝痛など慢性的な痛みが挙げられる。

これらは労働意欲の低下のみならず、集中力や判断力の低下を招き、業務効率を著しく損ねる要因となる。

これらの不調が積み重なれば、やがて長期休職や離職という結果に至り、企業にとっては人的資本の流出という重大な損失となる。

これらの課題を解決し、誰もが安心して働き続けられる社会を実現するためには、企業自らが「健康経営」を戦略として位置づける必要がある。

健康診断や産業医の配置など、従来型の健康対策だけでは不十分であり、より踏み込んだ健康増進プログラムの導入が不可欠である。

特に高齢化が進む現代においては、シニア世代の労働者に対して、運動習慣の定着や職場での身体活動の促進、さらにはリハビリテーションの視点を取り入れたプログラムが必要とされる。

これにより、健康の維持だけでなく、労働意欲の向上や就労の継続が期待できるのである。

現在の日本では、健康増進を担う主なプレーヤーはスポーツクラブや健康食品業界である。

しかしながら、こうした業界は主に健康な人々を対象としているにすぎない。

これからは「予防医学」の観点を強化し、すでに不調を抱える層や、疾病予備軍とされる人々に対する介入が重要となる。

その中心的な役割を担うのが、医療・介護現場で経験を積んだリハビリテーション専門職である。

彼らが積極的に関与することで、医療費の抑制と労働生産性の向上という二重の効果が得られるはずである。

今後の予防市場は、果たして誰が主導権を握るのか。

健康増進分野の専門家であろうか。医療・リハビリテーションの専門職であろうか。

それとも、医療と健康の境界を越えて活躍する「バウンダレスキャリア」の人材であろうか。

共存共栄という理想論だけでは語れない、熾烈な市場争奪戦がすでに始まっている。

予防・健康づくり市場は、今後の10年でさらなる転換期を迎えることは間違いない。

そして、いまこそ私たちは問わねばならない。

制度改革を待つだけではなく、現場から未来を切り拓く覚悟を持てるのか。

その答えは、他ならぬ私たち自身の手に委ねられているのである。

筆者
高木綾一

理学療法士
認定理学療法士(管理・運営)
三学会合同呼吸療法認定士
修士(学術/MA)(経営管理学/MBA)
国家資格キャリアコンサルタント
株式会社Work Shift代表取締役
関西医療大学 保健医療学部 客員准教授

医療・介護分野の経営戦略や人材育成に精通し、年間100回以上の講演を実施。
医療機関や介護事業所の経営支援を通じて、組織の成長と発展をサポートする。
著書には 「リハビリ職種のキャリア・デザイン」「リハビリ職種のマネジメント」 があり、リハビリ職種のキャリア形成やマネジメントの実践的な知識を提供している。
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