加算ありきの介護保険事業所の経営は二流である

2018年度介護報酬改定に関する議論が活況を迎えている。

2018年度は介護報酬改定だけでなく、第七期介護保険事業計画も同時に履行される年であり、介護保険に関する大きな制度変更が予想される。

その中でも、自立支援に対するインセンティブ報酬がとりわけ注目されている。

簡単に説明すると自立支援に関する指標が改善した事業所に対し、介護報酬を増加させるという仕組みである。

現行の介護報酬の体系は、要介護度が高くなれば報酬が増える仕組みになっているため、要介護度を改善させるメリットが事業所にはない。

このことに関して財務省や各種委員会より、現行制度の問題点として指摘されており、2018年度介護報酬改定で何らかの対策が実施されることになっている。

診療報酬と比較して、介護報酬ではサービスの質に対する評価は乏しく、今後は質の評価がより厳しくなっていくと予想される。

これまでの介護報酬におけるサービスの質の評価は下図のようになっている。

アウトカム評価に関しては近年、加算と言う形で評価されることが増えている。

経営を安定させるためには加算を取得することは大切であるが、加算の取得の本質は決して経営の安定ではない。

加算算定の本質は「介護保険事業所のアイデンティティ」の表明である。

なぜ介護保険事業をしているのか?
社会の中でどのような存在でありたいのか?

それを追求した形が、アウトカムであり、加算である。

自立支援のインセンティブ報酬に関する内容は、まだ、明確になっていないがおそらく、設定された指標を達成することにより加算を算定する形になるだろう。

しかし、加算ありきで物事を進めるのは、経営としては二流である。

自社のアイデンティティを考えた時に必要な加算であるかどうか?

加算のための加算ではなく、自社のアイデンティティを示すための加算を目指せば自ずと組織力は向上する。

加算のための加算は、「利益だけを考えた行動」という考えが透けて見えることから、従業員のモチベーションを著しく低下させる。

あなたの事業所の加算は、何のため?

 

 

 

多くの医療機関や介護事業所はサービスの模倣に飛びついて失敗する

経営戦略における模倣にはサービスレベルの模倣と仕組みレベルの模倣が存在する。

サービスレベルの模倣はインターネットの発達により、その期間が著しく短縮されており、サービスの模倣だけでは、競争戦略における持続的な優位性を生みにくい。

したがって、現代の経営においては、仕組みレベルの模倣が極めて重要である。

医療・介護業界でも、仕組みの模倣の重要性が見直されている。

一事例を示そう。

2000年より国は高齢者の退院後の在宅生活を支えるために、リハビリテーションを専門的に提供する「回復期リハビリテーション病棟」を設立した。

その後、当該病棟は、収益性の高さもあって全国に瞬く間に広がり、現在では当該病のベッドが8万床までになっている。

しかし、現在、当該病棟の運営状態は負け組と勝ち組に分かれるという二極化が進んでいる。

病棟の運営状態に最も影響を与えるのは病棟稼働率である。

病棟稼働率を高いレベルで維持できなければ、売上総利益は低下する。

病棟稼働率を上げる方法は、医療経営の専門誌などで解説をされているが、多くの医療機関は稼働率を向上に難渋している。

これこそ、まさに仕組みの模倣の難しさを示している。

回復期リハビリテーション病棟というサービスは模倣することは可能だが、経営の最重要指標である病棟稼働率を上げる仕組みの模倣は極めて難しいと言える。

ビジネスにおける仕組みを分析するには「P―VAR」が優れている。
※参考図書 井上 達彦:模倣の経営学.日経ビジネス人文庫

Position:競合ポジション・顧客セグメント

Value:価値提案

Activity:鍵となる主要活動

Resource:経営資源

事例で挙げた回復期リハビリテーション病棟の稼働率に関して、成功している医療機関が私のクライアントにいる。

その医療機関に関して、「P―VAR」を用いた分析を行うと次のような結果になった。

P:顧客は、リハビリテーションを必要とする心身機能が低下した高齢者である。回復期リハビリテーション病棟激戦地域に存在し、競合病院は半径5km以内に3つ存在する。

V:在宅復帰後の生活を見据えた医療
介護サービス
質の高い心身機能改善のリハビリテーションサービス

A:エビデンスに基づくリハビリテーションの提供
地域の介護事業所との質の高い連携

R:リハビリテーション医療を徹底的に教育された医師・看護師・セラピスト
地域の医療機関や介護事業所への医療・介護・福祉に関する教育活動

この医療機関は病院密集地域にあり、患者獲得の競争は熾烈な状況である。

しかし、回復期リハビリテーション病棟の稼働率は90%を常に超えている。

在宅復帰後を見据えたきめ細かい支援や質の高いリハビリテーションを提供する病院として地域からの評判がよく、紹介患者が絶えない状況である。

このような素晴らしい実績は、職員に対するリハビリテーションの教育や地域への関わりに起因している。

これらの活動を支えるResource(経営資源)の開発手法は、他の医療機関が模倣することが困難なものばかりである。

当該医療機関の教育者の確保、質の高い人材の採用、離職率低下の取り組みなどはすべて企業秘密であり、決して表にでることはない(図1)。

図1 外から見えるのは表面的な製品やサービスだけであり、それを支える仕組みは見えない

しかし、この医療機関も最初から、質の高い経営・手法を実践できたのではなく、10年程度の歳月の醸成により、他医療機関が模倣困難な仕組みを作り上げたのである。

多くの企業が、独自の仕組みを作ることが出来ずに、市場から淘汰されていくのが現実である。

模倣の対象となる情報があっても、それを元に企業の独自の仕組みを繰り上げることは、相当困難である。

あなたの組織はサービスの模倣ばかりしていないか?

サービスのみの模倣は、ルールを知らずにスポーツをするようなもので、現場レベルの混乱を助長するだけである。

技術を知らずに制度を語るな
制度を知らずに技術を語るな

地域包括ケアシステムの推進により、医療・介護の機能分化が進んでいる。

高度急性期・急性期・回復期・生活期の4つに大きく分類され、それぞれに大枠の役割が与えられている。

高度急性期から生活期にかけて、患者の状態やニーズは大きく変化する。

言い換えると、求められる理学療法、作業療法、言語聴覚療法、リハビリテーションサービスはそれぞれのフェーズにおいて変わるということである。

高度急性期には高度急性期に適した技術が必要である。

至極当たり前のことである。

しかし、医療や介護マネジメントの現場では、このような当たり前のことが認知されていない。

例えば、急性期病棟に認知症ケア加算が2016年度診療報酬改定で新設されたが、多くの医療機関では、加算の取得に難渋している。

理由は、認知症ケア加算を算定要件である人材配置やケアプロセスの実態がないからである。

つまり、認知症ケアに関する技術が社内に蓄積されていないということである。

また、別の事例では次のようなものが挙げられる。

ある理学療法士が研修会に一生懸命参加して、腰痛や変形性膝関節症のリハビリテーション技術を取得したとする。

しかし、その理学療法士が所属している訪問看護ステーションでは、近年、ターミナルステージの利用者が多く、終末期リハビリテーションの技術が現場では求められている。

これらの二つの事例から言えることは、技術と制度は表裏一体であり、その適合性を常に管理することが医療・介護マネジメントでは極めて重要であるということである。

理学療法士、作業療法士、言語聴覚士、看護師、医師は職人である。

職人は自身の価値観が満たせるか、どうかに興味があるが、社会動向や制度変更への情報感度は極めて乏しい。

その職員へのマネジメントを怠っていると、技術と制度のギャップが激しくなり、運営や経営がままならない状態になってくる。

医療・介護のマネジメントに関わる管理職は
技術を知らずに制度を語ってはいけないし
制度を知らずに技術も語ってはいけない。

今一度、社内の技術と自社が用いている制度の適合具合を確認してほしい。

 

 

リハビリテーション部門のトップに職人を配置してはいけない

リハビリテーション部門は、看護部門と比較して圧倒的にマネジメントが作用していない。

看護部門は、看護部長、看護師長を頂点としたヒエラルキーが構築されており、看護サービスだけでなく、ベッドコントロールや施設基準の維持などの経営上の責任を担っている。

それに比べリハビリテーション部門のマネジメントは発展途上である。

リハビリテーション部門は看護部門と比較して、歴史が浅い。

リハビリテーション部門が、本格的に組織として形成されたのは2000年以降である。

それは、回復期リハビリテーション病棟の影響が多きかった。

2000年以降に設立された回復期リハビリテーション病棟を持つ病院は、理学療法士、作業療法士、言語聴覚士の数が多いため、組織的な管理が必要となった。

現在では、セラピストを多く抱える医療法人や介護事業所も珍しくなくなった。

一方、看護部門は、病床数が激増した1960年代から看護部門としての組織化を図っており、日本看護協会においても看護師の管理者教育には従来から力を入れてきた。

今日の看護部長、看護師長の組織マネジメントに対する意識づけは長い歴史の中で培われてきたものである。

しかし、リハビリテーション部門の組織化が不十分であるのは、歴史だけの問題ではない。

「リハビリテーションの技術職が組織のトップをしている」という問題が全国的に蔓延っている。

なぜ、これが問題かというと、職人にはマネジメントが出来ないからだ。

職人には以下の特徴がある。

自分の技術に興味があり、社会が求める技術には興味がない
自分の技術変化には興味があるが、社会変化には興味がない
自分を認める者は自分の師匠であり、経営における利益をアウトカムとしていない

そもそもセラピストという職人集団を組織化をしようとすること自体に大きな無理があると言える。

では、どうするべきか?

それは、セラピストの視点を持つ商人、つまりビジネスマンを育成、採用することである。

商人は、社会が求める技術、社会の変化、組織の利益に興味がある。

根本的に職人とはキャラクターが違う。

リハビリテーション部門のトップが職人である限り、組織の改革は極めて難しい。

診療報酬改定・介護報酬改定・地域包括ケアシステム・地域医療構想・総合事業・テクノロジーなどに、本気で興味を示さない職人のトップは、残念ながら組織にとって有害である。

現場は経営者を批判し、経営者は現場を批判するという三流経営が蔓延する医療・介護業界

「うちの院長は、現場のこと何にもわかっていない。」
「介護報酬の加算内容を理解していない経営者はだめだ!」
「在宅支援の現場をしらないあの人には経営はできない」
という現場の作業療法士、理学療法士、看護師等の経営者への批判

「うちのセラピストは18単位取得できずに仕事をさぼっている」
「あの作業療法士は他部門から評判が悪い」
「理学療法士のA君は治療は好きだが、経営のことは何も考えてくれない」
という経営者の現場の作業療法士、理学療法士、看護師等への批判

三流の医療機関・介護事業所はこの両方の批判が組織内に蔓延っている。

現場のサービスは経営なくして存立しない。
経営は現場のサービスなくして存立しない。

残念ながら、このような当たり前のことを理解できない医療・介護従事者や経営者は非常に多い。

ひどいことに、コンサルタントやセミナー講師業をしている人にもこのことを理解していない人がいる。

厳しさを増している医療・介護の経営環境は、経営と人の協働による創造的活動を必要としている。

経済が順調に成長している頃の日本では、経営と人の協働による創造的活動はそれほど必要とされていなかった。

生産性の低い職員を抱えていても最低限の労務さえこなしてもらえれば利益を確保できた。

また、従業員も高い生産性を求められない、いわゆる楽な職場に胡坐をかいていた。

しかし、今の日本の経済情勢において、各企業は生産性を高めることができなければ利益を確保できず経営が破たんする。

つまり、経営者と現場はともに協業して、利益を確保することに全力を尽くす必要がある。

だが、未だに、批判の応酬に終始している現状があり、また、医療や介護のコンサルタントの中にも現場よりコンサルタント、経営者よりコンサルタントが存在し、この状況に拍車をかけている。

現場の職員は経営の勉強
経営者は現場の勉強
現場と経営の整合性を高めていく必要があるが、現実的にはハードルが高い。

そのハードルをさげるためには、現場と経営に精通した医療・介護従事者を育成・採用することが重要である。

一定水準の理学療法・作業療法・言語聴覚療法・看護技術を有し、かつ、経営に長けた人材が今の時代は求められている。

このような人材が求められる時代になったのは、国民皆保険、介護保険制度が始まって初めてではないだろうか。

一方的に、経営者は何もわかっていない、現場は仕事をしていないと言っても、状況は一ミリも変わらない。

その状況を打開するのも、現場の職員の仕事であり、経営者の仕事である。

批判は仕事の放棄である。

あなたは経営者を批判していないだろうか?

あなたは現場を批判していないだろうか?