在宅回復期リハビリテーションは実現するか?

政府は、2025年時点の病院ベッド(病床)数を115万~119万床と、現在よりも16万~20万床減らす目標を示している。今より30万程度多い人が自宅や介護施設で治療や介護が受けられる社会システムを構築することを目指している。

病床が削減され、在宅が増加する。当然のことながら、在宅で治療や介護を受ける患者像も大きく変化していくと考えられる。急性期は、7:1病棟や高度急性期、回復期は、現在の施設基準Ⅰのようなスーパー回復期に関しては、病床数は維持もしくは増加していくと考えられる。しかし、それ以外の急性期10:1,13:1病棟や回復期リハビリテーション病棟Ⅱ・Ⅲに関しては、病床削減あるいは、地域包括ケア病棟や在宅医療への転換が図られる可能性が高い。

したがって、現在、それらの急性期や回復期でリハビリテーションを受けている患者が、今後は在宅にて回復期のリハビリテーションを受ける可能性がある。フランスでは、在宅入院(Hospitalisation a Domicile)というシステムがあり、病院と同等の治療・看護・リハビリテーションを自宅で受けることができる。フランスは日本と同様、在院日数削減に取り組んでいる国である。看護師、理学療法士等のセラピストに開業権があり、医師より看護やリハビリテーションの処方箋を得て、在宅入院サービスを行う。在宅入院で濃厚な治療・看護・リハビリテーションを受けた後は、日本と同様の自立をサポートする保険制度に移行する。

在宅で回復期リハビリテーションを実践するためには、今より在宅医療の自由度や各職種の参加を強化しなければならない。しかし、在宅で回復期仕様の看護やリハビリテーションを提供するためには、制度的なハードルが高い。
①訪問看護ステーションからの訪問リハビリテーションの提供が今後、不透明であること。
②訪問リハビリテーションステーションの設立が不透明なこと。
③病床削減された急性期と回復期からの看護師・セラピストの在宅シフトが困難であること。
④在宅医療に長けた医師、看護師、セラピスト、薬剤師、管理栄養士が圧倒的に少ないこと。
⑤地域におけるICTの導入による情報共有の仕組みが皆無であること。
⑥在宅で回復期リハビリテーションを提供するノウハウや人材が圧倒的に少ない。

これらの制度的なハードルを乗り越えなければ、在宅で回復期リハビリテーションの提供は困難である。各分野にはそれぞれの立場を主張する団体や研究会があり、これらの組織の圧力も大きなハードルである。

理想と現実を差をどのように埋めていくのか?政府と国民が一緒になって考えていく必要がある。

 

 

老人保健施設 VS 回復期リハビリテーション病棟

老人保健施設の復権が全国的に始まった。老人保健施設の在宅復帰の取り組みが加速している。その加速に弾みをつけたのは、新設された在宅復帰に関する施設基準であった。

在宅強化型老健
・在宅復帰率が50%を超えていること
・ベッドの回転率が10%以上であること
・要介護度4または要介護5の利用者が35%以上であること

在宅復帰・在宅療養支援機能加算算定施設
・在宅復帰率が30%を超えていること
・ベッドの回転率が5%以上であること

現在、在宅強化型老健が全体の12.4%、在宅復帰・在宅療養支援機能加算を算定している老健が25.7%となっている。(全国老人保健施設協会の調べ)。在宅復帰に力を入れる老健は確実に増えており、今後の介護報酬改定でもさらなる政策的な誘導により、増加してくと考えられる。

これほどまでに老人保健施設の在宅復帰への取り組みが進んでいる理由は、老人保健施設の経営に対する危機感や人材のポテンシャルの高さと考えられる。老人保健施設の在宅復帰機能が今後さらに高まっていくことになれば、回復期リハビリテーション病棟と機能的な「バッティング」が生じることになる。

現在、回復期リハビリテーション病棟は三段階に分かれている。
回復期リハビリテーション病棟ⅡとⅢはⅠと比較して、アウトカム要件が低く設定されている。
今後の診療報酬改定により人材や医療プロセスにおけるアウトカム要件が高く設定されている回復期リハビリテーション病棟Ⅰが回復期リハビリテーションの標準モデル化していく。これまでの「はしごをはずす手法」を考えると、このことは容易に想像できる。したがって、回復期リハビリテーション病棟のⅡとⅢは存在意義について問われる時期が近づいている。

回復期リハビリテーション病棟Ⅰを算定できている施設は30%以下であり、残り70%は今後の生き残りをかけた戦略が必要である。(下図 回復期リハビリテーション病棟協会発表資料)

回復期リハ

このような状況において、老人保健施設の在宅復帰機能が高まっていくことになれば、回復期リハビリテーション病棟ⅡとⅢの機能を、老人保健施設が担い、回復期リハビリテーション病棟ⅡとⅢは、地域包括ケア病棟や在宅医療へシフトが求められる可能性がある。

現在進められている地域医療構想や政府の病床削減の意向を考えると、老人保健施設に回復期リハビリテーションの一部の機能を担わせる可能性は十分に考えられる。

老人保健施設は長年、「第二の特別養護老人ホーム」、「特別養護老人ホーム化の類似施設」と揶揄されてきた。しかし、ここにきてその存在意義が復権しようとしている。

在宅医療・介護事業におけるリーダーシップやマネジメントは病院や診療所よりはるかに難しい

日本の医療・介護分野の在宅シフトは待ったなしである。病床削減、在宅復帰要件の導入、地域包括ケアシステムの推進、訪問看護ステーションや看護小規模多機能型居宅介護などの在宅インフラの整備は急進的に進んでいる。
一方で、順調に進んでいないものがある。
それは、在宅医療や介護を営む事業所のリーダーシップやマネジメントのレベルアップである。

在宅医療や介護は、外部との連携によりサービスが展開されることが多い。したがって、病院や診療所より、ステークホルダーが多い事業である。そのため、多くのステークホルダーとの利害関係の調整が必要であるため、ハイレベルなリーダーシップやマネジメントが求められる。

また、医師、看護師、理学療法士、作業療法士、介護福祉士、薬剤師、管理栄養士などは、病院や施設で働くことを前提とした教育カリキュラムを受けており、現在の労働者の中で在宅の実習などを経験している人は少数派である。

日本は欧米と異なり、医療機関に勤める医師、看護師、セラピストが多く、在宅分野が医療関係者のキャリアデザインの選択肢にすら入っていない状況が未だに続いている。

そして、在宅医療や介護保険ビジネスは比較的、利益率が高いことに加え、病院や診療所を経営するより、参入障壁が低いことから、理念と利益のバランスを求めない利益至上主義の民間事業者や医療関係者が多く参入しているのが実情である。

在宅医療や介護は
1)利害関係者が多い事業形態
2)従業員のキャリアデザインとして在宅分野が確立されていない
3)理念を無視した利益追求型の経営母体が多い
これらのことから、在宅医療や介護事業所の運営は一筋縄ではいかない。

そのため、国は近年の診療報酬改定や介護報酬改定で、在宅医療や介護の分野に「マネジメント」の概念を導入し、マネジメントの成否が事業所の収入に直結する仕組みを推進している。

通所・訪問リハビリにおける「リハビリテーションマネジメント加算」「リハビリテーション会議」
通所リハビリにおける「生活行為向上リハビリテーション実施加算」「社会参加支援加算」
通所介護における「3ヶ月に一回の在宅訪問」や「個別機能訓練加算Ⅱ」
訪問介護における「生活機能向上連携加算」
訪問看護における「退院時共同指導加算」
これらはすべて、事業所の前方連携・後方連携・水平連携を求めるものであり、リーダーシップやマネジメント能力がなくては、円滑に行うことが困難である。

しかし、発想を変えれば、リーダーシップやマネジメント機能を発揮することができれば、在宅医療や介護事業では、他の事業所より圧倒的な競争優位性を得られる時代になったと言える。

 

 

リハビリテーションの社会化が始まっている

2025年に向けて地域包括ケアシステムの構築が加速している。病床削減、医療の機能分担、在宅限界点の向上、医療と介護の連携、チームアプローチ推進・・・・など医療と介護を取り囲む環境は激変している。あれも、これも地域包括ケアに向けた施策である。

今日の医療行政の変化は、2000年に導入された介護保険制度導入が起点となっている。介護保険制度は「介護の社会化」を目指したものであった。介護保険創設当時において、介護の社会化とは、「在宅にて家族が担ってきた介護」を、日本社会共通の問題と定義し、介護を提供する社会資源を、税金と保険料より拠出された財源によって、社会全体で担っていくものと説明された。今日では、制度上の多くの問題はあるものの、介護保険は広く一般国民に知られることになり、高齢化社会を支える重要なインフラになった。

そして、現在においては地域包括ケアシステムの構築のもと、「リハビリテーションの社会化」が進んでいる。2006年に医療保険における疾患別リハビリテーションと算定上限日数制限により、介護保険を用いたリハビリテーションが推進された。その後、2008年前後から、デイサービスや訪問看護におけるリハビリテーションサービスが盛んになり、在宅患者へのリハビリテーションのインフラが急速に整った。

また、2017年4月までに、全国にて要支援の高齢者に対する日常生活支援総合事業が開始される。日常生活支援総合事業は、行政から委託を受けた医療法人、社会福祉法人、民間企業、ボランティアが高齢者の状況に応じたリハビリテーションや生活支援を行うものである。

在宅医療に目を向けると、病院の在院日数短縮の影響により、より重症な患者が早期に在宅に復帰するケースが増えており、医師、看護師、セラピスト、そして、介護士、家族に対してもリハビリテーションの取り組みが重要となっている。

つまり、リハビリテーションが広く国民の間で知れ渡ることになり、今後はより一般的な社会的サービスとして発展していくことが予想される。まさに、「リハビリテーションの社会化」である。

「リハビリテーションの社会化」とは、従来、医療機関や介護施設でのみ行っていたリハビリテーションを社会共通の問題と定義し、リハビリテーションを提供する社会資源を、税金と保険料より拠出された財源によって、社会全体で担っていくものと言える。

リハビリテーションの社会化により、リハビリテーションに関するサービスがあらゆるところで市場かされていく。すなわち、セラピストが活躍する場が増えていくことを意味する。
しかし、現状は85%近くのセラピストが医療機関に勤務していることから、リハビリテーションの社会化の流れは決して円滑ではない。

リハビリテーションを社会に汎用的に活かしていくためには、セラピストの知識、技術はもちろんのこと、コミュニケーション能力、マーケティング能力といったビジネススキルも要求される。

リハビリテーションが特別ではなく、当たり前の社会を作るためにセラピストは邁進する必要がある。

 

 

2040年以降に大量に余る医療・介護従事者とシニアビジネス企業

2040年代中盤に高齢者の数は減少に転ずる。
今後、日本は大きな局面を迎える。
2040年まで高齢者が増え続け、かつ、医療・介護従事者やシニアビジネス企業の市場が拡大する局面 と 2040年以降高齢者が減少し、医療・介護従事者やシニアビジネス企業の市場が狭小する局面である。

今後、十数年間は医療・介護従事者は2040年までの局面を乗り切るために、量産されていく。
資格制度の規制緩和、養成校や大学の設立や学部変更など2040年までを乗り越える施策が展開される。しかし、2040年以降に関する施策はなんら立案されていない。

現実的に大都市を除く、地方都市では1割~3割の急性期病床の削減や特別養護老人ホーム等の新設も停止している。つまり、今後は2040年以降の情勢に合わせた医療・介護政策の出口戦略も密かに始まっている。

状況はめまぐるしく変化する。一年ごとで、規制緩和、制度改訂が行われ、不要と判断されたビジネスの淘汰が始まる。現在、参入障壁が低いヘルスケアビジネスもどんどん新しい企業が参入し、そして、どんどん淘汰されていく。ヘルスケアビジネスが、安定した市場であると勘違いしている企業が参入しているのが現状である。市場があっても、生き残れるかは別問題である。多くの企業は2040年以降、狭小するシニアビジネス市場を冷静に把握できていない。

現状の市場モデルでは医師、看護師、理学療法士、作業療法士、言語聴覚士、歯科衛生士・・・などの医療・介護従事者が確実に余る時代が迫っている。2040年に確実に引退し、悠々自適に生活できる資産家以外はこの問題を真剣に考えなければならない。

今後は、2040年までを乗り越える地域包括ケアシステムの構築と2040年以降の市場拡大を得るための職域拡大という状況に我々は対峙しなければならない。