批判と嫉妬は紙一重

批判が好きな人がいる
批判をすることで自己の存在を知らしめる人がいる
批判キャラで炎上を狙い、注目を集める人がいる
批判をマーケティングに使う人がいる

ある哲学者曰く、あらゆる意見は、「批判」があるから、意見として成り立つ。

つまり、批判とは、本来、意見に対する別の視点からの意見、つまり、対案に近い意味を成すものである。つまり、対案の存在により、意見が意見として成立する。

しかし、批判を用いて、相手を窮地に陥れ、自らのポジションを高めることを人がいる。
そのような人は自己顕示欲が高い。
自己顕示欲が高い人は、嫉妬心を強く持つ人であると言える。
つまり、批判のための批判や注目を集めるための批判をする人は、批判の矛先である相手に「嫉妬」しているのだ。

嫉妬を感じるということは、自分の価値と他人の価値を比べて「敗北」を感じることである。

相手との関係で相対的に「敗北」を感じた瞬間、自分の価値が下がったように感じる。
「自分の価値の低下」は、自己嫌悪感を生み、それに対する防衛機制を生じる。
防衛機制は様々な反応を示し、その結果として相手を「批判」するという症状が現れる。

この場合、建設的な批判になることは少なく、自己防衛のための批判となる。

建設的批判をするためには
意見者の人格を攻撃しないこと
なぜ批判するのかを明確にすること
言いたいことは具体的に説明し、感情論に終始しないこと
相手と対等の立場で接すること
が重要である

SNS、ブログ、ネットサーフィンが生活の一部になっている現代社会では、様々な「意見」と「批判」が飛び交う。

このような社会では、批判にも種類があることを見極め、批判へのリテラシーを高めることが重要である。