医療・介護事業における『施設基準依存』から『品質基準重視』への転換

近年の医療・介護業界は、大きな転換点を迎えている。

かつて施設の開設においては、主に「施設基準」に重点が置かれ、サービスの「品質基準」は軽視されてきた。

しかしその結果、医療・介護事業は過剰供給となり、一部ではデイサービスのように需要を超えるほどの飽和状態に陥っている。

医療の現場においても同様であり、急性期病棟や回復期リハビリテーション病棟はまさにレッドオーシャン。

熾烈な競争が日々繰り広げられている。

しかし、各事業所が施設基準の遵守にのみ目を向けてきたがゆえに、理念なき運営や低品質なサービスが蔓延してしまったのは否めない現実である。

今や、単に施設基準を満たすだけでは生き残れない時代である。

事業者が真に重視すべきは「品質基準」であり、それを満たすには企業としての理念と総合力が問われる。

理念が希薄で組織力に欠ける施設は、やがて市場から淘汰される運命にある。

医療・介護サービスは専門職によって提供される。

だが現場では、職人的な思考にとらわれる人材が未だ多い。

職人は往々にして「自分が納得するかどうか」で仕事の良し悪しを判断しがちである。

しかし、現代社会が医療・介護サービスに求めているのは、個人の価値観ではなく、社会的に担保された品質水準である。

求められるのは視野の拡張である。

医師は看護師や療法士から何を期待されているか。

看護師は医師や療法士から何を求められているか。

介護職は看護師や療法士の期待にどう応えるか。

薬剤師はチーム医療の中でどのような価値を発揮できるか。

そしてすべての職種は、国や地域社会が自らに何を期待しているのかを考えねばならない。

このように、他者の期待を想像しながら行動することこそが、これからの医療・介護従事者に求められる姿勢である。

職人としての誇りを持つことは決して悪いことではない。

しかし、「脱職人」を恐れる必要はない。技術と理念を融合し、チームとして質の高いサービスを提供することが、今後の医療・介護現場における生存戦略となるのである。

筆者
高木綾一

理学療法士
認定理学療法士(管理・運営)
三学会合同呼吸療法認定士
修士(学術/MA)(経営管理学/MBA)
国家資格キャリアコンサルタント
株式会社Work Shift代表取締役
関西医療大学 保健医療学部 客員准教授

医療・介護分野の経営戦略や人材育成に精通し、年間100回以上の講演を実施。
医療機関や介護事業所の経営支援を通じて、組織の成長と発展をサポートする。
著書には 「リハビリ職種のキャリア・デザイン」「リハビリ職種のマネジメント」 があり、リハビリ職種のキャリア形成やマネジメントの実践的な知識を提供している。
経営相談・セミナー依頼はお気軽にお問い合わせください。

プレゼンティーズムが企業を蝕む──健康経営が未来を守る

働きながら身体的・精神的な不調を抱える労働者が、近年ますます増加している。

少子高齢化が加速し、労働人口が減少するなかで、健康を損ないながらも働き続ける人々の存在は、企業や社会にとって重大なリスクとなっている。

たとえ職場に出勤していても、本来のパフォーマンスを発揮できずに生産性が著しく低下している状態──これを「プレゼンティーズム」という。

目立たないが深刻なこの問題は、経営層や人事部門が軽視できるものではなく、企業の収益性や競争力を左右する重大な経営課題である。

精神的な不調としては、うつ病や不安障害、燃え尽き症候群が代表的である。

これらのメンタルヘルスの問題は、本人すら自覚がないまま深刻化することが多く、職場での支援が遅れる原因となる。

一方、身体的な不調としては、腰痛や肩こり、膝痛など慢性的な痛みが挙げられる。

これらは労働意欲の低下のみならず、集中力や判断力の低下を招き、業務効率を著しく損ねる要因となる。

これらの不調が積み重なれば、やがて長期休職や離職という結果に至り、企業にとっては人的資本の流出という重大な損失となる。

これらの課題を解決し、誰もが安心して働き続けられる社会を実現するためには、企業自らが「健康経営」を戦略として位置づける必要がある。

健康診断や産業医の配置など、従来型の健康対策だけでは不十分であり、より踏み込んだ健康増進プログラムの導入が不可欠である。

特に高齢化が進む現代においては、シニア世代の労働者に対して、運動習慣の定着や職場での身体活動の促進、さらにはリハビリテーションの視点を取り入れたプログラムが必要とされる。

これにより、健康の維持だけでなく、労働意欲の向上や就労の継続が期待できるのである。

現在の日本では、健康増進を担う主なプレーヤーはスポーツクラブや健康食品業界である。

しかしながら、こうした業界は主に健康な人々を対象としているにすぎない。

これからは「予防医学」の観点を強化し、すでに不調を抱える層や、疾病予備軍とされる人々に対する介入が重要となる。

その中心的な役割を担うのが、医療・介護現場で経験を積んだリハビリテーション専門職である。

彼らが積極的に関与することで、医療費の抑制と労働生産性の向上という二重の効果が得られるはずである。

今後の予防市場は、果たして誰が主導権を握るのか。

健康増進分野の専門家であろうか。医療・リハビリテーションの専門職であろうか。

それとも、医療と健康の境界を越えて活躍する「バウンダレスキャリア」の人材であろうか。

共存共栄という理想論だけでは語れない、熾烈な市場争奪戦がすでに始まっている。

予防・健康づくり市場は、今後の10年でさらなる転換期を迎えることは間違いない。

そして、いまこそ私たちは問わねばならない。

制度改革を待つだけではなく、現場から未来を切り拓く覚悟を持てるのか。

その答えは、他ならぬ私たち自身の手に委ねられているのである。

筆者
高木綾一

理学療法士
認定理学療法士(管理・運営)
三学会合同呼吸療法認定士
修士(学術/MA)(経営管理学/MBA)
国家資格キャリアコンサルタント
株式会社Work Shift代表取締役
関西医療大学 保健医療学部 客員准教授

医療・介護分野の経営戦略や人材育成に精通し、年間100回以上の講演を実施。
医療機関や介護事業所の経営支援を通じて、組織の成長と発展をサポートする。
著書には 「リハビリ職種のキャリア・デザイン」「リハビリ職種のマネジメント」 があり、リハビリ職種のキャリア形成やマネジメントの実践的な知識を提供している。
経営相談・セミナー依頼はお気軽にお問い合わせください。

医療・介護従事者が生き残るためのキャリア戦略 〜市場価値と社内価値、どちらを高めるべきか〜

医療や介護の情勢は、いまなお急速に変化を続けている。

とりわけ、高齢者人口がピークを迎えるとされる2040年頃までは、医療・介護従事者の人材確保が国家的な課題となる。

政府は規制緩和を進め、人員の量産体制を整えているが、それによって確保される人材は、最低限の生活が維持できる水準の給与で働くことを前提としている。

しかし、物価高騰や消費増税が進むなかで、その給与水準では生活がますます困難になることは避けられない。

家族を養い、住居を構え、車を持ち、親の介護費用や子の教育資金を賄うには到底十分とは言えない状況である。

ゆえに、収入を増やすための能動的な努力が不可欠となる。

給与を上げるためには、まず「社会全体で評価される能力を磨くべきか」それとも「自分が今働いている会社の中で評価される能力を磨くべきか」を決める必要がある。

これはすなわち、セルフマーケティングそのものである。

社会が求める能力を追求する際には、国内にとどまらず、世界の医療・介護事情や社会動向にも目を向ける必要がある。

医療DX(デジタルトランスフォーメーション)や地域包括ケアシステムの進展など、政策の方向性を読み取り、自らのスキルを適応させていくべきである。

これには時として周囲の理解を得られず、孤独に陥る覚悟も必要である。

一方、会社が求める能力を磨く場合は、よりミクロな視点が求められる。

経営者のビジョン、会社の将来性、部署間のパワーバランスを見極めたうえで、必要とされるスキルセットを整理し、磨くことが重要である。

その過程では、自らがその会社で働き続けるという強い覚悟も求められる。

今日では医師、弁護士、税理といったプロフェッショナルでさえ、収入の増加に苦しんでいる時代である。

これらの職業ですら国は守ってくれない。

医療・介護従事者もまた、もはや自身を市場という荒波に投じる覚悟が必要である。

それは単なる技術習得ではなく、マインドセットの問題である。

いま必要なのは「意思」である。

意思の「意」とは「想うこと」、すなわち「志を想い続けること」である。

志を持たぬ者には、金銭的な明るい未来は訪れないと断言できる。

医療・介護従事者にも、まさにワークシフトが求められている。

自らの働き方を見直し、新たな価値を創造する姿勢が、これからの時代を生き抜く鍵となるのである。

筆者
高木綾一

理学療法士
認定理学療法士(管理・運営)
三学会合同呼吸療法認定士
修士(学術/MA)(経営管理学/MBA)
国家資格キャリアコンサルタント
株式会社Work Shift代表取締役
関西医療大学 保健医療学部 客員准教授

医療・介護分野の経営戦略や人材育成に精通し、年間100回以上の講演を実施。
医療機関や介護事業所の経営支援を通じて、組織の成長と発展をサポートする。
著書には 「リハビリ職種のキャリア・デザイン」「リハビリ職種のマネジメント」 があり、リハビリ職種のキャリア形成やマネジメントの実践的な知識を提供している。
経営相談・セミナー依頼はお気軽にお問い合わせください。

医療・介護職の収入問題と主体性の関係性

医療・介護の現場において、セラピスト、介護職、事務職の給与水準は依然として低いままである。

実際、手取りで15万円から30万円程度の職員が多数を占めているのが現状である。

では、給与は誰が上げてくれるのか。
国であろうか。
院長であろうか。
施設長であろうか。
行政であろうか。

確かに制度的な支援や経営者の意識改革も必要ではある。

しかし、本質的に自らの収入を高められるのは、他の誰でもなく「自分自身」である。

思い出してほしい。

小学校や中学校の頃、野球やサッカー、武道などのスポーツでレギュラーメンバーに選ばれるために、どれほど努力を重ねたか。

何の準備も努力もせずに選ばれた者は、特別な才能を持つか、親の影響力を使えるごく一部の者だけであった。

多くの者は、チームが必要とするポジションを見極め、その役割に求められる技術、体力、精神力を磨いてレギュラーの座を勝ち取ったはずである。

にもかかわらず、なぜ介護福祉士やヘルパー、理学療法士、作業療法士になった途端、「給料が上がらない」と嘆くのか。

給料とは「上がるもの」ではなく、「上げるもの」である。

自らの専門性を磨き、現場での信頼を築き、職場やチームにとって不可欠な存在となる。

そのような積み重ねこそが、自身の価値を高め、収入向上へとつながるのである。

現状を嘆くより、未来を創る行動を選ぶべきである。

給料は、待っていても上がらない。

自分の手で上げるものなのだ。

筆者
高木綾一

理学療法士
認定理学療法士(管理・運営)
三学会合同呼吸療法認定士
修士(学術/MA)(経営管理学/MBA)
国家資格キャリアコンサルタント
株式会社Work Shift代表取締役
関西医療大学 保健医療学部 客員准教授

医療・介護分野の経営戦略や人材育成に精通し、年間100回以上の講演を実施。
医療機関や介護事業所の経営支援を通じて、組織の成長と発展をサポートする。
著書には 「リハビリ職種のキャリア・デザイン」「リハビリ職種のマネジメント」 があり、リハビリ職種のキャリア形成やマネジメントの実践的な知識を提供している。
経営相談・セミナー依頼はお気軽にお問い合わせください。

在宅医療・介護の質を高めるために求められるハイブリッド型専門職の重要性

2024年度の診療報酬・介護報酬のダブル改定を経て、医療・介護の政策トレンドは、より一層「在宅復帰支援」および「在宅生活継続支援」へと大きく舵を切ったといえる。

在宅生活の継続を困難にする要因は依然として明確であり、それは病状の急変やADLの低下による家族の介護負担の増加に起因する。

すなわち、在宅復帰後のフェーズにおいては、病状の安定化およびADLの維持・向上に対して、切れ目のない支援と専門的な介入が求められている。

回復期リハビリテーション病棟や地域包括ケア病棟においては、医師、看護師、セラピスト、薬剤師、管理栄養士、臨床心理士など多職種が一つのエリアに集い、物理的にも心理的にも距離の近い環境で業務を遂行している。

このような環境下では、情報の即時共有が可能であり、チーム内での知識・経験のナレッジシェアも容易であることから、患者ごとの個別ケアやリハビリテーションプログラムの質は総じて高くなりやすい。

一方、在宅医療・介護の現場においては、以下のような構造的な問題が依然として存在している。

  1. 各職種が物理的に離れており、リアルタイムの情報共有が困難である点

  2. 他事業所の主治医や看護師、セラピストなどが連携しながら一人の利用者に関わるため、責任と情報の分散が生じる点

  3. 各事業所がケアやリハビリテーションに対して共通の理念や価値観を持たない場合が多く、方針が統一されにくい点

  4. そもそも急性期や回復期から十分な情報が引き継がれにくく、支援のスタート時点で不確実性が高い点

これらはすべて、質の高い個別ケアやリハビリテーションの提供を阻害する要因である。

現在、国は「地域包括ケアシステム」の進化形として、医療機関をあくまでバックアップとし、大多数の国民が住み慣れた地域・自宅で生活し続けるための仕組みづくりを急速に進めている。

しかし、在宅生活を支える在宅医療・介護のインフラに関しては、ハード面(設備や制度)に加え、ソフト面(人材や連携体制)の整備が追いついていない現状がある。

病院や施設においてもチーム医療・介護の実現には課題が多いが、在宅においては物理的・心理的な距離の広がりがこれに拍車をかけており、チーム医療・介護の実践はより一層困難となっている。

この複雑な課題に対する一つの有効なアプローチがある。

それは、「専門性を確立した上で、他職種や他領域の知識・技術を部分的にでも理解し、実践に活かせるハイブリッド型人材の育成」である。

すなわち、自己の専門性を軸にしつつ、関連領域の知識を横断的に習得することで、チーム内での連携コスト(時間的・心理的)を削減し、組織的・地域的な連携の円滑化が図れるのである。

ここで重要なのは、「まずは専門性を確立すること」が前提であるという点である。

自身の専門分野が曖昧なまま周辺知識を広げても、それらを有機的に統合することは難しく、結果としてサービスの質が上がらないリスクが高い。

たとえば、脳卒中リハビリテーションに長けたリハビリ職種が薬剤に関する基本的な知識を有していれば、向精神薬による副作用(動悸、高揚感など)と脳卒中の症状との鑑別において、早期に異常に気づき、リスクマネジメントにつなげることが可能となる。

このように、ポジティブに診療報酬・介護報酬改定を捉えるのであれば、医療・介護従事者のキャリアにはこれまで以上に多様な可能性が開かれている時代に入ったと言える。

筆者
高木綾一

理学療法士
認定理学療法士(管理・運営)
三学会合同呼吸療法認定士
修士(学術/MA)(経営管理学/MBA)
国家資格キャリアコンサルタント
株式会社Work Shift代表取締役
関西医療大学 保健医療学部 客員准教授

医療・介護分野の経営戦略や人材育成に精通し、年間100回以上の講演を実施。
医療機関や介護事業所の経営支援を通じて、組織の成長と発展をサポートする。
著書には 「リハビリ職種のキャリア・デザイン」「リハビリ職種のマネジメント」 があり、リハビリ職種のキャリア形成やマネジメントの実践的な知識を提供している。
経営相談・セミナー依頼はお気軽にお問い合わせください。