これからの医療・介護従事者に必要な社会課題解決の視点

現在の医療・介護従事者の業務内容は、依然として法律によって定められた資格ごとの業務範囲に基づいている。

たとえば、整形外科医は整形外科領域の診断と治療、作業療法士は作業療法の提供、看護師は看護ケアの実施、薬剤師は調剤や服薬管理を担うといった具合である。

医療・介護現場においては、組織運営や業務設計もこの資格制度に強く影響されており、各職種が定められた範囲を超えて活動することは、制度上も文化的にも想定されてこなかった。

しかし近年では、職種間の連携や業務の再設計に対する社会的な期待が高まっており、旧来の枠組みだけでは対応しきれない課題が顕在化している。

先日、神奈川県で開催されたあるリハビリテーション学会に参加したところ、企業展示や演題発表の内容が以前とは大きく変化していた。

10年前には見られなかった新しい概念を持つ医療機器や福祉機器が多数展示されており、発表内容も従来の治療技術や症例報告に加えて、地域包括ケア、職種連携、教育改革、リスキリング、福祉用具の活用、介護ロボットの導入など、より現場の課題や制度設計に踏み込んだ内容が増えていた。

一方で、脳科学や神経生理学、細胞レベルの病態理解など、医学モデルとしての深い探究も依然として重要なテーマとして位置づけられており、テクノロジーと基礎科学の両輪で研究が進んでいることがうかがえる。

重要なのは、いかなる学術研究や技術開発であっても、それが社会課題の解決や国民の生活の質向上につながっているかどうかである。

学術発表や研究活動が専門家の自己満足にとどまるものであれば、それは社会の期待には応えられない。

「社会課題の解決に貢献すること」が、これからの時代の医療・介護従事者に求められる共通の使命であるという考え方は、すでに2025年以降の働き方のスタンダードとなりつつある。

果たして現在の医療・介護従事者は、こうした視点を持って日々の業務に取り組んでいるだろうか。

たとえば、高齢者が何度も自宅で転倒や肺炎を繰り返し、そのたびに入退院を余儀なくされているような事例があるとする。

その際、入院中に抗生剤の投与や基本的なリハビリテーションを行うといった「部分最適」の対応だけで、本質的な解決につながるのだろうか。

その人の生活環境、家族背景、地域資源、経済的状況、さらには予防的な介入の在り方など、より広範な視点で問題をとらえる必要がある。

今後の医療・介護従事者に求められるのは、「制度の枠内で与えられた業務をこなす専門職」ではなく、「社会課題を見立て、解決に向けて行動する専門職」である。

これがこれからのキーワードであり、時代の求めるプロフェッショナル像である。

筆者
高木綾一

理学療法士
認定理学療法士(管理・運営)
三学会合同呼吸療法認定士
修士(学術/MA)(経営管理学/MBA)
国家資格キャリアコンサルタント
株式会社Work Shift代表取締役
関西医療大学 保健医療学部 客員准教授

医療・介護分野の経営戦略や人材育成に精通し、年間100回以上の講演を実施。
医療機関や介護事業所の経営支援を通じて、組織の成長と発展をサポートする。
著書には 「リハビリ職種のキャリア・デザイン」「リハビリ職種のマネジメント」 があり、リハビリ職種のキャリア形成やマネジメントの実践的な知識を提供している。
経営相談・セミナー依頼はお気軽にお問い合わせください。

リハビリテーションの視点を医療機関内に留めず、社会全体の課題解決に活かすべきである

リハビリテーションは、単に「機能回復」や「動作訓練」にとどまるものではない。

本質的には、その人が再び社会の中で役割を持ち、参加し、自分らしく生きることを支援するものである。

しかし現状、多くのリハビリテーション専門職は、医療機関内という枠の中に閉じこもりがちである。

ベッドサイドでの介入や入院患者への関わりに集中し、「退院後の生活」や「社会参加」という視点を十分に持てていない場合も少なくない。

だが現代社会において、本当に必要とされるのは「生活全体を支える視点」である。

例えば、一人の家族が病気や障害を持った場合、収入の減少、介護負担の増大、家族関係の変化、住環境の問題など、次々に課題が表面化する。

高齢者のみならず、働く世代、子育て世代、さらには学生においても、心身や環境上の問題が生活そのものに波及するケースは増えている。

こうした課題に対して、現行の公的支援制度や福祉システムは決して十分とは言えない。

また、民間サービスもまだ整備されておらず、多くの人が「どうして良いかわからないまま」時間だけが過ぎ、深刻化してから問題に直面するのが現実である。

本来、リハビリテーション専門職はこれら生活課題に介入できる存在であるべきである。

リハビリテーションは、身体機能や動作訓練に限らず、生活の質向上や社会参加、そして地域全体の活性化にもつながる重要なアプローチである。

例えば以下のような分野にも、リハビリテーションの視点は必要である。

  • 高齢者や障害者が安心して暮らせる住環境整備

  • 働く世代の腰痛や肩こりなどの障害予防と健康教育

  • 子どもの発達支援と保護者支援

  • 企業内での健康経営や職場改善コンサルティング

  • 自治体や地域団体との協働によるバリアフリーまちづくり

このように考えると、リハビリテーションが活躍できるフィールドは無限に広がっている。

問題は、多くの専門職がその可能性に気づかず、医療機関や介護現場の中にとどまっている点にある。

現代社会においては、リハビリテーションは「治療」という枠を超えて、生活、地域、社会を支える存在であるべきである。

セラピスト自身がその枠を超え、新たな領域に挑戦していくことで、市場は拡大し、社会からの必要性も高まる。

逆に言えば、視野を狭めたままでは、自身の職域も、業界そのものも先細りしていくことは避けられない。

これからの時代は、リハビリテーション専門職が「地域の課題解決者」として、企業や行政、教育現場など多方面で関わる姿勢が求められる。

障害者や高齢者だけでなく、すべての世代が持つ生活上の課題に寄り添い、「より良く生きる」を支える存在となるべきである。

その第一歩として、まずは医療や介護の枠に縛られない発想と行動が重要である。

リハビリテーションの視点で社会を見ることができれば、まだまだ取り組めることは数多く存在する。

市場を広げることは、自身の未来を広げることでもある。

今こそ、リハビリテーションに携わる者は、その可能性を信じ、新たな一歩を踏み出すべきである。

筆者
高木綾一

理学療法士
認定理学療法士(管理・運営)
三学会合同呼吸療法認定士
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関西医療大学 保健医療学部 客員准教授

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医療・介護業界に迫る“淘汰の時代” ー 今求められる覚悟と行動

とんでもない変化が、いま進行中だ。

超高齢社会が加速し、医療・介護・年金といった社会保障費は膨張を続けている。

国の財政は厳しさを増し、国債発行残高は過去最大規模となっている。

いわば「次世代から借りている」形で成り立つ財政運営が限界に近づきつつあるのが現実だ。

それでも日本は長年、「医療フリーアクセス」を維持してきた。

誰もが、好きな時に好きな医療機関を選び、受診できる仕組みだ。

それは日本人の安心の象徴でもあった。

しかし、平成26年・28年の診療報酬改定をきっかけに、地域包括診療料、地域包括ケア病棟、病床機能報告制度などが導入され、「自由にどこでも受診できる」という感覚は徐々に薄れつつある。

さらに、2024年度の診療報酬・介護報酬同時改定では、地域医療機関や薬局に対し「地域の患者を囲い込み、継続的に支える体制を強化せよ」というメッセージが色濃く打ち出された。

これは裏を返せば「受診行動の自由」はこれまでより制限される方向に進んでいるということだ。

一方、介護分野は早い段階から「混合介護」を認め、自費サービスを組み合わせた多様なサービス展開を可能にしてきた。

国はこの分野で民間企業の参入障壁を低く設定し、大手企業が次々に介護・予防・医療周辺分野に参入する流れがますます加速している。

現場では、かつて「地域包括ケア」という言葉が登場した頃以上に、医療と介護のボーダーレス化が進んでいる。

医療・介護業界は、もはや穏やかな安定業界ではない。

熾烈な競争が進み、生き残りをかけた再編が始まっている。

それでもなお、多くの医療・介護従事者はこの変化を肌で感じていないか、見て見ぬふりをしている。

海外からの医療機関・資本参入、海外への医療・介護サービス輸出、AIやロボット技術の進化、外国人労働者の本格参入、そして都道府県レベルでの医療・介護パフォーマンス管理強化……。

適応できない者はどうなるか。

江戸時代から明治時代にかけて、「籠屋」という職業は時代の変化の中で消えた。

文明開化と共に、人力ではなく馬車や鉄道へとシフトしていったからだ。

今、私たちが直面しているのはまさにその規模の変化だ。

筆者
高木綾一

理学療法士
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医療・介護業界における環境変化を踏まえた“働き方の選択と決断”の重要性

近年、医療・介護業界において働き方の選択肢が増えてきている。

国内においては、医療機関や介護施設の機能分担が進み、各施設に求められる役割や能力もより明確となってきた。

これまで以上に企業努力を重ねなければ、競争激化する国内市場において生き残ることは難しい状況である。

高齢者人口が増加している一方で、医療・介護事業所の数も右肩上がりに増えており、差別化を図れない事業所はレッドオーシャンの中で熾烈な争いに巻き込まれることを覚悟しなければならない。

一方で、日本の医療や介護サービスを海外に輸出する動きも始まっている。

これは国益の観点からも重要なことである。

しかし、現状の医療・介護従事者がその流れに乗ることは簡単ではない。

語学力の不足はもちろんのこと、保守的な国内市場の中で育った人材が、海外事業に参画するには高いハードルが存在する。

医療や介護の知識・技術に加え、語学力やビジネススキルを含めた総合力を磨くことが不可欠である。

地域包括ケアシステムは、すでに多くの地域で完成形に近づきつつあり、各職種の役割や成功モデルも明確化されてきている。

もはや構築の段階は過ぎ、いかに地域ごとに持続させ、発展させていくかが問われる時代となった。

同時に、少子高齢化の加速、労働人口の減少、DX(デジタルトランスフォーメーション)の進展といった社会背景は、医療・介護従事者に対して新たな働き方を選び取る力を強く求めている。

専門性の追求に加え、複数の役割を担う柔軟性、多様なスキルを組み合わせて発揮する力が不可欠となっている。

現状を見極め、ただ「判断」するだけでは不十分である。

情報を集めて比較検討し、無難な結論にとどまることは、むしろ危険である。

今は、自らの人生とキャリアをどのように築くのかを「決断」し、行動に移せるか否かが問われる時代である。

思考停止に陥ることなく、自ら選び、自ら動く者だけが未来を切り拓くことができる。

読者諸氏は、すでに決断しているだろうか。

それとも、未だ判断の域にとどまっているだろうか。

あるいは、現状に甘んじ、立ち止まってはいないだろうか。

変化は待ってはくれない。

時代は、決断し、挑戦し続ける者にのみ味方するのである。

筆者
高木綾一

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地域包括医療病棟が果たす地域医療のハブ機能

令和6年度(2024年度)の診療報酬改定において、急性期医療の適切な体制整備を推進する観点から、総合入院体制加算の要件および評価が見直された。

これにより、急性期医療機能のさらなる強化とともに、真に急性期対応が必要な患者が確実に受け入れられる体制が構築されつつある。

国は「本物の急性期病院」を形成し、救急医療を専門に担い、地域医療の中核としての役割を果たすことを目指している。

その一方で、急性期病床の過剰な滞在を防ぐ仕組みも強化された。

急性期病床に本来必要ない患者が長期滞在することで、必要な患者の受け入れが妨げられることを防ぐためである。

その調整役として注目されているのが、地域包括ケア病棟および地域包括医療病棟である。

地域包括医療病棟は、地域における急性期医療から在宅医療への橋渡し機能を担う中間的な病棟として機能しており、急性期後だけでなく、在宅や施設からの緊急入院を含めた「地域の受け皿」としての役割が求められている。

さらに今回の改定では、地域包括医療病棟における「軽度者受け入れ」「365日リハビリ提供」「退院調整」の体制強化が明確に打ち出されている。

軽度者受け入れについては、急性期病棟からの転棟だけでなく、在宅・施設からの緊急入院を積極的に担い、地域の安心を支える役割が強化された。

365日リハビリ提供体制により、土日祝日を含め継続的にリハビリテーションを実施することで、患者の早期機能回復と退院促進を目指している。

また、多職種によるきめ細かな退院調整も評価の対象となっており、専従の退院支援担当者や社会福祉士を中心とした地域連携を通じて、在宅復帰・社会復帰に向けた支援が行われている。

特に病棟マネジメントにおいては
①入退院支援体制の整備
②多職種連携の質的向上
③休日を含めたリハビリ提供計画の最適化
④在宅復帰率や在宅支援の指標管理
⑤家族支援の体制整備
⑥退院後生活を見据えたリハビリ部門との継続的連携
が重要な管理項目として求められている。

筆者
高木綾一

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