「人」なぜ働くのだろうか?

人は何のために働くのか?

医療・介護従事者は専門職である前に、「人」である。

「人」がなぜ働くか?という原理原則を理解することは、人材や組織のマネジメントを行う上で極めて重要である。

今回は「人」が働く理由を考える上で重要な概念である「キャリア・アンカー」を紹介したい。

これはアメリカの心理学者エドガー・シャインによって提唱 された概念である。

キャリア・アンカー
職業、職種、勤務先などを選択する際に判断基準となるものであらゆる人が持っている。

アンカーとは日本語で「碇」を意味し、船を固定させるものである。

言い換えると、自分の人生の中で「優先度が高いもの」「譲れないもの」を示す。

どのような仕事に就こうとも「キャリア・アンカー」という自己概念が仕事の中で顕在化してくる。

キャリアアンカーには8つのものがある。

・専門
企画、販売、人事、エンジニアリングなど特定の分野で能力を発揮することに幸せを感じる

・経営管理
組織をマネジメントし、対人関係の調整や業績の拡大に魅力を感じる

・自立
自分のやり方で自由なスタイルで仕事をすることに魅力を感じる

・安定
労働条件などの福利厚生の安定を求める

・企業家的創造性
新しいものを創り出し、困難を乗り越えることに幸せを感じる

・社会への貢献
社会という公共なものへ貢献したいという気持ちが強い

・チャレンジ
大きなリスクや障害を乗り越え、不可能と思える事柄に挑戦することが楽しい

・全体性と調和
プライベートと仕事の調和を図ることが最も重要と考える

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これらの8つのいずれかのキャリア・アンカーを持つ人が組織内に存在している。

比較的多いのは「全体性と調和」のキャリア・アンカーである。

仕事とプライベート(家庭)が大切であるという現代の世相を示していると言えるだろう。

しかし、中には「企業家的創造性」や「専門」などのキャリア・アンカーを有する人もいる。

その場合、「企業家的創造性」の人には新規施設の開設や経営改善の仕事、「専門」の人には医療技術指導者や研修責任者が適性のある業務であると言える。

キャリア・アンカーの評価なくして組織マネジメントは難しい。

理学療法士だからこのような価値観を持ちなさい
作業療法士だからこんな風に働きなさい
看護師はこうあるべきだ
というアドバイスは、「キャリア・アンカー」を前提にしておらず、非常に乱暴なものである。

皆さんは部下や同僚のキャリア・アンカーを把握しているだろうか?

 

「守られた業界」からの脱却 〜制度依存から価値創造へ〜

最近、次期診療報酬および介護報酬の減額に関する報道が、新聞やインターネットメディアを中心に多く見受けられるようになった。

これは、財務省から厚生労働省への圧力であると同時に、国民および医療・介護関係者の反応を見極める意図も含まれていると考えられる。

こうした報道に対し、メディアやSNS上では「このままでは介護事業が立ち行かない」「人材の離職が加速する」「国は現場の声を無視しているのか」といった危機感を訴える意見が多数寄せられている。

現場の実情を知る者にとっては当然の反応であり、慢性的な人手不足や事業運営の厳しさは看過できない現実である。

しかし、視点を変えれば、これらの動きは業界全体の持続可能性を見直す機会とも捉えられる。

医療・介護分野は、公的保険制度によって一定の収益が保証されているという点で、他業種と比較しても安定した市場である。

この「守られた環境」に依存し続け、報酬の引き上げばかりを求める姿勢は、やがて業界の保護産業化を招き、現場の創意工夫や進化を阻害しかねない。

むしろ今こそが、業界全体が進化を遂げるための転機である。

制度や報酬体系に依存せず、自らの価値を再定義し、利用者・患者から選ばれる存在となる努力が求められている。

たとえば、ICTの導入による業務効率化、多職種連携によるサービス品質の向上、人材育成の再構築といった取り組みは、事業の持続性を高めるうえで欠かせない。

報酬の増減に一喜一憂せず、自らの強みと独自性を打ち出すことこそが、今後の競争優位を築く鍵となる。

危機の中にこそ、変革のチャンスがある。

制度変更の行方に関わらず、本質的に問われているのは、変化に対応し、地域社会から真に信頼される事業所、人材となれるかどうかである。

ピンチはチャンスである。

この構造変化の波を飛躍の起点とし、医療・介護の未来を自らの手で切り拓く覚悟が求められている。

筆者
高木綾一

理学療法士
認定理学療法士(管理・運営)
三学会合同呼吸療法認定士
修士(学術/MA)(経営管理学/MBA)
国家資格キャリアコンサルタント
株式会社Work Shift代表取締役
関西医療大学 保健医療学部 客員准教授

医療・介護分野の経営戦略や人材育成に精通し、年間100回以上の講演を実施。
医療機関や介護事業所の経営支援を通じて、組織の成長と発展をサポートする。
著書には 「リハビリ職種のキャリア・デザイン」「リハビリ職種のマネジメント」 があり、リハビリ職種のキャリア形成やマネジメントの実践的な知識を提供している。
経営相談・セミナー依頼はお気軽にお問い合わせください。

資格だけでは食えない時代にどう生きるか

医療・介護・健康関連の資格価値は、今まさに深刻なデフレーション局面にある。

かつて「資格を取れば食っていける」という時代は確かに存在した。

だが、今やそれは幻想に過ぎない。

日本は世界有数の高齢社会であり、医療・介護・健康分野の資格保有者は年々増加の一途をたどっている。

資格は飽和し、職能間の競争は激化している。

加えて、長引く経済低迷により、公的保険制度を支える財源は逼迫している。

国は医療・介護費の抑制を前提とした制度設計を進め、診療報酬や介護報酬の改定も「縮小均衡」が常態化している。

つまり、国家予算という“財布”が小さくなる中で、いくら資格を持ち、知識や技術を磨いても、それに見合う報酬が支払われる保証はどこにもない。

それでもなお、多くの医療・介護従事者は「資格さえあれば安泰だ」と信じて疑わない。

もしくは、現実に気づきながらも悲観し、現場での疲弊に甘んじている。

だが、時代が求めているのは“資格保有者”ではなく、“社会に価値を生み出す実践者”である。

資格の持つ真の価値は、特定の領域で専門性を発揮することにとどまらない。

医療・介護・健康領域は、異分野からの参入が難しい構造を持つ一方で、その知識や経験を他分野へと展開する力を有している。

すなわち、専門職は「参入障壁」と「越境的応用」の両方を備えているという点で、極めて優位な立場にある。

とはいえ、資格に過度に依存すればするほど、その優位性は失われていく。「

資格さえ取ればよい」という考え方は、自らの可能性を資格という枠に閉じ込める危険性を孕んでいる。

これこそが「資格取得のジレンマ」である。

このジレンマを乗り越えるには、資格を“目的”ではなく“手段”と捉え直し、自らの知識や経験を通じて社会課題を解決する姿勢が求められる。

もはや“資格に守られる時代”ではない。

「価値を創り出す人材」が報われる時代である。

医療・介護・健康の現場で働くすべての人に、いま一度問い直してほしい。

自らの資格は「社会にとって、どのような価値を生んでいるのか」と。

筆者
高木綾一

理学療法士
認定理学療法士(管理・運営)
三学会合同呼吸療法認定士
修士(学術/MA)(経営管理学/MBA)
国家資格キャリアコンサルタント
株式会社Work Shift代表取締役
関西医療大学 保健医療学部 客員准教授

医療・介護分野の経営戦略や人材育成に精通し、年間100回以上の講演を実施。
医療機関や介護事業所の経営支援を通じて、組織の成長と発展をサポートする。
著書には 「リハビリ職種のキャリア・デザイン」「リハビリ職種のマネジメント」 があり、リハビリ職種のキャリア形成やマネジメントの実践的な知識を提供している。
経営相談・セミナー依頼はお気軽にお問い合わせください。

もはや絶対的に優位な職種などない

一生安泰に食べていける職種など、もはや存在しない。

医師であっても、能力が低ければ年収1,000万円に届かない時代である。

一方、看護師長として教育・マネジメントに長け、適度に管理当直を担えば、年収1,000万円を超えることも可能である。

理学療法士がいくら研鑽を積み、認定理学療法士や博士号を取得し、役職に就いたとしても、年収600万円程度が上限であるのが現実である。

その一方で、高度な専門性がなくとも訪問看護ステーションを開設し、優れたコミュニケーション能力と営業力で安定した利用者を確保し、利益を出せば、年収1,500万円を超えることも珍しくない。

今日では、たとえダブルライセンスを取得したとしても、当該職種が既にレッドオーシャンにあるという現実からは逃れられない。

人口減少が進む日本において、すべての職種が今後100年にわたって数を減らしていくことは明白であり、全業界が競争過多の状況にある。

一時的に景気や国策によって時給単価が上がる職種もあるが、それが10年続く保証はなく、その上昇幅も将来的な資産形成に大きく寄与するものではない。

今後、多くの職種は最低賃金を基盤に再構築されていくであろう。

すなわち、日本においては、老後の資産形成や経済的余裕が約束された職業など、もはや存在しないということだ。

現に、医師や弁護士ですら十分な収入を得られず、食べていけない者が多数いる。

ダブルライセンス、資格偏重、学術偏重、夢想的な語りでは、社会への具体的な貢献が伴わない限り、収入の増加にはつながらない。

その一方で、どれほど平凡なスペックの人材であっても、社会に有益なアウトプットを継続できれば、年収は確実に上昇する。

もはや「絶対的に優位な職種」は存在しない。

しかし、「絶対的に優位な働き方」は、たしかに存在するのである。

筆者
高木綾一

理学療法士
認定理学療法士(管理・運営)
三学会合同呼吸療法認定士
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判断と決断の違い ― 現場に必要なのは「動かす力」である

「判断」とは、物事の是非や状況を見極め、自らの考えを定める行為である。

一方、「決断」とは、判断を踏まえて選択肢の中から一つを選び、責任をもって実行に移す行為である。

この二つは混同されやすいが、意味合いも役割も大きく異なる。

判断はできても、決断しない人が多い

医療・介護現場では、問題点を見極め、一定の判断は下しているものの、
・その実行を他者に委ねる
・上層部の指示を待つ
・あるいは決断自体を先送りにする
といった「決断回避」の傾向が散見される。

たとえば、「連携が不足している」「看護部門の協力が得られない」「経営陣が現場を理解していない」といった声はよく聞かれる。

しかし、これらの問題について「では、あなたは何を決断するのか?」と問うと、
「決断すべきことは特にありません。ただ、現状に不満があります」と返されることが多い。

決断を避ける者に成長はない

このような姿勢は、変化を起こす機会を自ら手放しているに等しい。

判断しかせず、決断を下さない人材には、以下の特徴がある。

  • 責任を取ることを避ける

  • 現状維持を好み、変化を恐れる

  • 自らの意志を示さず、他者の評価に依存する

結果として、キャリアは停滞し、収入は上がらず、組織内での存在感も薄れていく。

極端に言えば、企業の“永続的労働力”として使われ続けるだけの存在となる。

チーム医療・介護の誤解

多職種連携が叫ばれる中、「チーム医療」や「チーム介護」を、単なる「情報共有の場」だと誤認しているケースは少なくない。

しかし、真に機能するチームとは、判断を持ち寄る場ではなく、決断に向けた意思を統合する場である。

単なる意見交換に終始していては、何も動かない。

チームの本質は、

  • 各職種が責任ある決断を持ち寄り

  • それをぶつけ合い、

  • 実行可能な方向へまとめていく
    という意思決定のプロセスにある。

判断のみに長けたチームに価値はない。
価値を生むのは、決断と行動である。

決断こそが現実を変える

判断は出発点にすぎない。

決断して初めて、物事は動き出す。

判断と決断を混同している限り、仕事は「理解しているが、変わらない」ものとなる。

だが、覚悟を持って決断すれば、現場の景色は確実に変わっていく。

いま、医療・介護現場に求められているのは
判断者ではなく、決断者である。

筆者
高木綾一

理学療法士
認定理学療法士(管理・運営)
三学会合同呼吸療法認定士
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著書には 「リハビリ職種のキャリア・デザイン」「リハビリ職種のマネジメント」 があり、リハビリ職種のキャリア形成やマネジメントの実践的な知識を提供している。
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