臨床がゴールでいいのか? 医療・介護職のキャリアを問い直す

現代の日本において、医療・介護分野の若手専門職――セラピスト、看護師、学生らと対話を重ねる中で、多くの者が「臨床活動」や「患者へのサービス提供」を最終目的と捉えている現実に直面する。

言い換えれば、「臨床という作業を遂行すること」自体が職業選択の動機であり、キャリア形成のゴールとなっている。

この傾向は、キャリア理論における「成長・探索・確立」のプロセスの停滞、あるいは職務中心型キャリア(Job-Centered Career)の過度な定着を示唆するものである。

本来、専門職におけるキャリアとは、自己概念の実現過程(Super, 1957)であり、環境との相互作用の中で進化するものであるべきである。

結果として、医療・介護現場では課題解決型人材よりも作業順応型人材が増加する傾向がある。

もちろん、作業を正確にこなす力は組織運営にとって不可欠であり、一定のマンパワーは社会的にも価値がある。

しかしながら、作業の延長線上からはイノベーションは生まれない。

作業はあくまで作業であり、変革を生む源にはなり得ない。

日本は、世界でも有数の経済大国でありながら、少子化・超高齢化・財政難という構造的課題を抱えている。

その一方で、衣食住に不自由しない社会保障制度の中で育った若年層は、自己実現への強い欲求や社会変革への執着心に乏しい。

これは、飢えや苦難を経験しない平和な環境の中で形成されたマインドの飽和状態である。

目標なき日常は、キャリア選択を「作業の選定」に矮小化させる。

医療・介護従事者の数は急増しており、看護師、セラピスト、薬剤師、柔道整復師、鍼灸師などの供給は今後過剰となる見通しである。

需給バランスの崩壊により、人件費は圧縮される。

にもかかわらず、多くの従事者は根拠なき安心感に包まれている。

「今の給与水準が続く」と信じる者が多いが、そこに戦略的なキャリア構築意識はない。

今、医療介護職に最も求められているのは、自分自身の仕事の意味や社会における役割を明確に持つことである。

キャリアアンカー理論(Schein, 1978)では、「奉仕・献身型」や「純粋挑戦型」といった価値観が示されており、これは、自分の中核的な価値観と社会的な貢献意識をつなぐことで、職業人生における方向性を見出すものである。

自分の役割や使命を明確にすれば、目標は自然に定まり、行動も一貫性を持つ。

結果として、日々の選択に迷いが少なくなり、ブレないキャリアを築くことが可能となる。

筆者
高木綾一

理学療法士
認定理学療法士(管理・運営)
三学会合同呼吸療法認定士
修士(学術/MA)(経営管理学/MBA)
国家資格キャリアコンサルタント
株式会社Work Shift代表取締役
関西医療大学 保健医療学部 客員准教授

医療・介護分野の経営戦略や人材育成に精通し、年間100回以上の講演を実施。
医療機関や介護事業所の経営支援を通じて、組織の成長と発展をサポートする。
著書には 「リハビリ職種のキャリア・デザイン」「リハビリ職種のマネジメント」 があり、リハビリ職種のキャリア形成やマネジメントの実践的な知識を提供している。
経営相談・セミナー依頼はお気軽にお問い合わせください。

「資格取得で終わるな」―医療・介護現場に求められるキャリア自律と越境力

現代社会はVUCA(不確実・不安定・複雑・曖昧)の時代であり、医療・介護現場もその例外ではない。

高齢化の加速、人材不足、制度改革、価値観の多様化といった課題が複雑に絡み合い、単一の専門知識では到底対応しきれない状況にある。

むしろ、資格や専門職としての枠組みが「思考停止」を招き、問題解決を阻むボトルネックとなっていると言える。

これは、日本の教育文化にも根深く関係している。

日本では幼い頃から「将来の夢」として職業名を書くことが当然とされる。

七夕の短冊、卒業文集、高校の進路相談に至るまで、「どんな職業に就きたいか」を問われ続ける。

この積み重ねが「職に就くことが目的化される」価値観を育み、「職業=ゴール」という構図を生み出している。

医療・介護分野においても、医師、看護師、理学療法士、作業療法士、介護福祉士などの資格取得が目的化され、
「自分は社会でどのような役割を果たしたいのか」
「どのように社会に貢献したいのか」
といった根本的な問いに向き合う機会がないまま、現場に立つことが多い。

この結果、多くの従事者は資格取得後にキャリアの目的を見失い、自らの職責の範囲内でのみ努力を重ねる。

患者・利用者に誠実に向き合いながらも、他職種との連携や経営・運営への参画、新たなスキルの習得といった「越境的な挑戦」には踏み出しにくい現実がある。

しかし今、医療・介護現場に必要なのは「キャリア自律」と「越境学習」である。

専門性を磨きつつ、職域を超えて多様な視点を取り入れ、課題解決に挑む姿勢が求められている。

まさにリスキリングやアンラーニングを通じて「職業人」から「社会的役割を担うプロフェッショナル」へと進化することが必要なのだ。

このような総合力を持つ人材は現場では圧倒的に少なく、その希少性は地位や報酬に直結している。

裏を返せば、「職に就くこと」をゴールとする価値観から脱却し、学び直しと挑戦を続ける者こそが、これからの医療・介護現場をリードしていく。

「職業に就くことがゴール」という無意識の刷り込みこそが、日本の医療・介護現場に横たわる、根深い社会課題であると言えよう。

筆者
高木綾一

理学療法士
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医療・介護事業における『施設基準依存』から『品質基準重視』への転換

近年の医療・介護業界は、大きな転換点を迎えている。

かつて施設の開設においては、主に「施設基準」に重点が置かれ、サービスの「品質基準」は軽視されてきた。

しかしその結果、医療・介護事業は過剰供給となり、一部ではデイサービスのように需要を超えるほどの飽和状態に陥っている。

医療の現場においても同様であり、急性期病棟や回復期リハビリテーション病棟はまさにレッドオーシャン。

熾烈な競争が日々繰り広げられている。

しかし、各事業所が施設基準の遵守にのみ目を向けてきたがゆえに、理念なき運営や低品質なサービスが蔓延してしまったのは否めない現実である。

今や、単に施設基準を満たすだけでは生き残れない時代である。

事業者が真に重視すべきは「品質基準」であり、それを満たすには企業としての理念と総合力が問われる。

理念が希薄で組織力に欠ける施設は、やがて市場から淘汰される運命にある。

医療・介護サービスは専門職によって提供される。

だが現場では、職人的な思考にとらわれる人材が未だ多い。

職人は往々にして「自分が納得するかどうか」で仕事の良し悪しを判断しがちである。

しかし、現代社会が医療・介護サービスに求めているのは、個人の価値観ではなく、社会的に担保された品質水準である。

求められるのは視野の拡張である。

医師は看護師や療法士から何を期待されているか。

看護師は医師や療法士から何を求められているか。

介護職は看護師や療法士の期待にどう応えるか。

薬剤師はチーム医療の中でどのような価値を発揮できるか。

そしてすべての職種は、国や地域社会が自らに何を期待しているのかを考えねばならない。

このように、他者の期待を想像しながら行動することこそが、これからの医療・介護従事者に求められる姿勢である。

職人としての誇りを持つことは決して悪いことではない。

しかし、「脱職人」を恐れる必要はない。技術と理念を融合し、チームとして質の高いサービスを提供することが、今後の医療・介護現場における生存戦略となるのである。

筆者
高木綾一

理学療法士
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プレゼンティーズムが企業を蝕む──健康経営が未来を守る

働きながら身体的・精神的な不調を抱える労働者が、近年ますます増加している。

少子高齢化が加速し、労働人口が減少するなかで、健康を損ないながらも働き続ける人々の存在は、企業や社会にとって重大なリスクとなっている。

たとえ職場に出勤していても、本来のパフォーマンスを発揮できずに生産性が著しく低下している状態──これを「プレゼンティーズム」という。

目立たないが深刻なこの問題は、経営層や人事部門が軽視できるものではなく、企業の収益性や競争力を左右する重大な経営課題である。

精神的な不調としては、うつ病や不安障害、燃え尽き症候群が代表的である。

これらのメンタルヘルスの問題は、本人すら自覚がないまま深刻化することが多く、職場での支援が遅れる原因となる。

一方、身体的な不調としては、腰痛や肩こり、膝痛など慢性的な痛みが挙げられる。

これらは労働意欲の低下のみならず、集中力や判断力の低下を招き、業務効率を著しく損ねる要因となる。

これらの不調が積み重なれば、やがて長期休職や離職という結果に至り、企業にとっては人的資本の流出という重大な損失となる。

これらの課題を解決し、誰もが安心して働き続けられる社会を実現するためには、企業自らが「健康経営」を戦略として位置づける必要がある。

健康診断や産業医の配置など、従来型の健康対策だけでは不十分であり、より踏み込んだ健康増進プログラムの導入が不可欠である。

特に高齢化が進む現代においては、シニア世代の労働者に対して、運動習慣の定着や職場での身体活動の促進、さらにはリハビリテーションの視点を取り入れたプログラムが必要とされる。

これにより、健康の維持だけでなく、労働意欲の向上や就労の継続が期待できるのである。

現在の日本では、健康増進を担う主なプレーヤーはスポーツクラブや健康食品業界である。

しかしながら、こうした業界は主に健康な人々を対象としているにすぎない。

これからは「予防医学」の観点を強化し、すでに不調を抱える層や、疾病予備軍とされる人々に対する介入が重要となる。

その中心的な役割を担うのが、医療・介護現場で経験を積んだリハビリテーション専門職である。

彼らが積極的に関与することで、医療費の抑制と労働生産性の向上という二重の効果が得られるはずである。

今後の予防市場は、果たして誰が主導権を握るのか。

健康増進分野の専門家であろうか。医療・リハビリテーションの専門職であろうか。

それとも、医療と健康の境界を越えて活躍する「バウンダレスキャリア」の人材であろうか。

共存共栄という理想論だけでは語れない、熾烈な市場争奪戦がすでに始まっている。

予防・健康づくり市場は、今後の10年でさらなる転換期を迎えることは間違いない。

そして、いまこそ私たちは問わねばならない。

制度改革を待つだけではなく、現場から未来を切り拓く覚悟を持てるのか。

その答えは、他ならぬ私たち自身の手に委ねられているのである。

筆者
高木綾一

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医療・介護従事者が生き残るためのキャリア戦略 〜市場価値と社内価値、どちらを高めるべきか〜

医療や介護の情勢は、いまなお急速に変化を続けている。

とりわけ、高齢者人口がピークを迎えるとされる2040年頃までは、医療・介護従事者の人材確保が国家的な課題となる。

政府は規制緩和を進め、人員の量産体制を整えているが、それによって確保される人材は、最低限の生活が維持できる水準の給与で働くことを前提としている。

しかし、物価高騰や消費増税が進むなかで、その給与水準では生活がますます困難になることは避けられない。

家族を養い、住居を構え、車を持ち、親の介護費用や子の教育資金を賄うには到底十分とは言えない状況である。

ゆえに、収入を増やすための能動的な努力が不可欠となる。

給与を上げるためには、まず「社会全体で評価される能力を磨くべきか」それとも「自分が今働いている会社の中で評価される能力を磨くべきか」を決める必要がある。

これはすなわち、セルフマーケティングそのものである。

社会が求める能力を追求する際には、国内にとどまらず、世界の医療・介護事情や社会動向にも目を向ける必要がある。

医療DX(デジタルトランスフォーメーション)や地域包括ケアシステムの進展など、政策の方向性を読み取り、自らのスキルを適応させていくべきである。

これには時として周囲の理解を得られず、孤独に陥る覚悟も必要である。

一方、会社が求める能力を磨く場合は、よりミクロな視点が求められる。

経営者のビジョン、会社の将来性、部署間のパワーバランスを見極めたうえで、必要とされるスキルセットを整理し、磨くことが重要である。

その過程では、自らがその会社で働き続けるという強い覚悟も求められる。

今日では医師、弁護士、税理といったプロフェッショナルでさえ、収入の増加に苦しんでいる時代である。

これらの職業ですら国は守ってくれない。

医療・介護従事者もまた、もはや自身を市場という荒波に投じる覚悟が必要である。

それは単なる技術習得ではなく、マインドセットの問題である。

いま必要なのは「意思」である。

意思の「意」とは「想うこと」、すなわち「志を想い続けること」である。

志を持たぬ者には、金銭的な明るい未来は訪れないと断言できる。

医療・介護従事者にも、まさにワークシフトが求められている。

自らの働き方を見直し、新たな価値を創造する姿勢が、これからの時代を生き抜く鍵となるのである。

筆者
高木綾一

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