社会保障費圧縮は、インフォーマルサービス市場の活性化を生む

社会保障費圧縮に関する政策は、大きく日本のヘルスケア市場の在り方を変えていく。

高齢者が増える日本においては、財政面の問題から、「高齢者一人当たりが受ける医療・介護サービスの提供量」を、漸増的に低下させていくことが今後の基本政策となる。

よって、今後は、必要な医療・介護サービスを受けることができない要介護者が増大する可能性がある。

この問題を解決する一つの方法が「インフォーマルサービスの活用」である。

しかし、日本国民は、「医療・介護サービスは国が提供してくれる安価なサービスである」という意識を持っており、インフォーマルサービスの活用は一般的なことではない。

介護保険サービスを計画・実行する介護支援専門員にも、インフォーマルサービスの導入が役割として求められているが、積極的にインフォーマルサービスを活用するケアプランが立案されることは皆無である。

国民や医療・介護関係者の意識を変えていくために、政府は、自助・互助・共助・公助の概念を地域包括ケアシステムを導入し、自助の重要性を啓発している。

また、自分自身で健康を管理し、あるいは疾病を治療するセルフメディケーションに関する政策も導入されている※1。

※1
セルフメディケーション税制(医療費控除の特例)について
健康の維持増進及び疾病の予防への取組として一定の取組を行う個人が、平成29年1月1日以降に、スイッチOTC医薬品(要指導医薬品及び一般用医薬品のうち、医療用から転用された医薬品)を購入した際に、その購入費用について所得控除を受けることができる

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このような状況を受けて、様々なインフォーマルサービスが生まれている。

従来のインフォーマルサービスは、家族、友人、地域住民、ボランティアなどによる、制度に基づかない非公式な支援という意味合いが強かったが、これからは民間企業の創意工夫によるインフォーマルサービスが日本社会では一般的になる。

フィットネスクラブによる高齢者向けプログラム
靴屋によるインソールや下肢装具サービス
ITを活用した見守りサービス
ITを活用した介護予防プログラム
セラピストや運動指導員による訪問フィットネス指導
趣味活動を支援するホビークラブ
栄養指導と調理指導を同時に行う料理教室
在宅の大工・清掃・家事を行う家事代行サービス
などなど・・・
様々なサービスが、医療保険・介護保険がカバーできない領域で開発・発展していくと推測できる。

課題は、介護支援専門員、看護師、理学療法士、作業療法士、言語聴覚士などの医療・介護関係者がインフォーマルサービスに関して興味が薄いことである。

利用者の健康と生活を守るために必要なサービスを提案できる能力が、社会保障費圧縮の時代の新たな医療・介護従事者の形でもある。

医療機能の変化は医療・介護職にワークシフトを突きつける

医療・介護の在宅シフトが加速している。

診療報酬・介護報酬改定により、在宅医療・介護の流れが構築されているが、最も効果的な政策は、「病床を調整する」ことである。

現在、地域医療構想に関して、各都道府県で検討されており、2016年度末までには各都道府県より、将来的な病床の整理に関する具体的な数値が発表される。

それに先駆けて、国は将来的な医療・介護の必要病床数を何度も提示している。

2016年6月15日に開催された「第五回 医療・介護情報の活用による改革の推進に関する専門調査会」では、新たな病床の在り方に関する報告が行われた(下図)。
sinkoku   第五回 医療・介護情報の活用による改革の推進に関する専門調査会 資料

注目するべきは、以下の点である。
1)高度急性期・急性期機能の削減が著しい
2)回復期機能の増加が著しい ※地域包括ケア病棟を相当数含む。
3)慢性期機能の削減が著しい
4)介護施設・高齢者住宅での医療機能の増加が著しい

今回の報告と昨今の診療報酬改定・介護報酬改定の流れと合わせると
1.高度急性期・急性期・慢性期は医療必要度の高い人への対応
2.回復期機能は回復期リハビリテーション病棟を強化するのではなく、地域包括ケア病棟による多様な疾患・症状を持つ人への対応
3.介護施設や高齢者住宅にて重度者への医療の提供
という意図を読み取ることができる。

将来的な高齢者の減少と若年層の減少を考えると、日本国にこれほど病床がいらないことは理解できる。

問題は、在宅医療、在宅介護、予防医療、終末期医療に関するハード面とソフト面が整っていないことである。

病床機能の転換は、医療・介護業界で働く人のソフト面の転換も必要としている。

地域医療構想や政府の政策を読み取り、医療機関や介護事業所は、マネジメントや人材育成の強化に乗り出さなければ、これから急変する医療・介護情勢の変化についていけなくなるだろう。

 

急性期病院からの直接の自宅復帰が評価される時代に突入した

近年の入院医療に関する診療報酬改定では、在宅復帰を評価する流れが進んでいる。

在宅復帰というと、回復期リハビリテーション病棟や地域包括ケア病棟が注目されがちであるが、実は、急性期病棟と療養病棟の在宅復帰の評価が急速に進んでいる。

平成26年度のデータでは、7:1病棟の退院患者の76%が、どこの病棟も経由せずに直接、自宅に戻っている。

急性期と在宅の連携

医療費削減の観点から考えると、患者が急性期病院から病院や施設も経由せずに直接自宅に帰ることは、非常に望ましいことである。

回復期リハビリテーション病棟、地域包括ケア病棟、老人保健施設を経由すると、医療費や介護給付費が生じ、社会保障費の増大につながるからだ。

したがって、急性期病院から直接自宅に復帰することは、政府としては是非とも進めたいことである。

急性期病院から直接自宅に復帰する政策として、様々なものが導入されている。

回復期リハビリテーション病棟には、従来より入院できる疾患の条件、在宅復帰率、重症患者率などの要件が設定されている。

これらの要件に加え、2016年度診療報酬改定では、回復期リハビリテーション病棟は「効果的なFIMの獲得」ができなければ、7単位以上のリハビリテーション料の請求ができなくなり、入院料に包括化されることになった。

また、効果判定に活用するFIMを用いた計算式から以下の者が毎月3割まで除外できると規定されている。

1. FIM運動項目が著しく高い(76点以上)・低い(20点以下)の者
2. FIM認知項目が低い(25未満)の者
3. 年齢が80歳以上の者

これらの1から3に該当する患者像は、「大きなADLの回復が難しい者」であると言える。

つまり、これらの患者の入院が増え、入院比率が3割以上となればFIMの計算式に入れなければならず、FIM改善率が低下する可能性が高い。

以上のことをまとめると、回復期リハビリテーション病棟には、入院できる疾患が縛られている上に、ADLの大きな回復が見込める患者であり、かつ、在宅復帰が期待される患者しか入院できない制度設計が進行していると言える。

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また、2016年度診療報酬改定では、急性期病院と療養病院に、退院支援加算が新設された。

退院支援加算の目的はずばり「在宅復帰困難者の在宅復帰支援を円滑に行うために、地域の介護事業者等との連携を図る」ことである。

この加算の対象者は、退院困難な要因を有する入院中の患者であって、在宅での療養を希望するものである。

一般病床と療養病床で算定ができる加算であるが、一般病床が600点、療養病棟が1,200点と非常に高い点数が設定されている。

加算の要件は厳しいものの、国が急性期病院と療養病院の自宅への直接復帰を推奨したい狙いが見え見えである。

20か所以上の連携する医療機関や介護事業所の職員と年に三回以上の定期的な面会を実施することが求められ、かつ、介護支援連携指導料の実績も求められていることから、早期への自宅への復帰を支援するための連携が標準化されつつあると言える。

これからは急性期病院と療養病院からの在宅復帰が大きな社会課題となってくる。

そのためには、地域におけるあらゆる社会資源を持つ組織や人材を有効に生かす必要がある。

セラピストを含め、医療従事者はこのようなトレンドを十分に知ったうえで働く必要があるだろう。

退院支援加算

入院医療に課せられた試練 インターナル・マーケティング

2016年度診療報酬改定の影響がじわじわと出てきている。

施設基準の維持や入院患者の確保が厳しい医療機関が現れてきており、厚労省の思惑通り、各医療機関の再編成や淘汰が起こっている。

特に、急性期病院と慢性期病院では経営的なダメージが大きくなっており、ダメージコントロールが益々重要となっている。

急性期病院のダメージコントロール項目
1)重症度、医療・看護必要度の患者割合25%以上
2)ICUの看護必要度厳格化への対応
3)総合入院体制加算の精神科要件への対応
4)ADL維持向上等体制加算の人員要件への対応
5)DPC/PDPSの診断群分類点数の変更への対応

慢性期病院のダメージコントロール項目
1)医療区分の厳格化(酸素療法・血糖検査・うつ症状の厳格化)
2)療養病棟入院基本料2に医療区分2.3が50%以上の要件追加

急性期病院・慢性期病院は「より重症な患者により高密度な医療を提供する機能」が求められており、入院医療の必要性が低い軽症患者や素泊まり希望の患者に医療を提供する医療機関は、診療報酬上、評価されない仕組みになっている。

したがって、医療機関が生き残るためには「より重症な患者により高密度な医療を提供する機能」を高めていく施策が必要となっている。

施策を設定するためには、マーケティング戦略の視点が重要である。

 

マーケティング

マーケティングとは
消費者の求めている商品・サービスを調査し、供給する商品や販売活動の方法などを決定することで、生産者から消費者への流通を円滑化する活動(三省堂 大辞林)
である。

一言でいえば、「価値を提供し対価を得る全てのプロセス」である。

一般的に、行われている広告・宣伝のような顧客向けのマーケティングは、エクスターナル・マーケティングと言われる。

現在の医療機関に求められているのは、エクスターナル・マーケティングではなく、インターナル・マーケティングである。

インターナルマーケティングは
「企業等が自らの商品・サービス価値を社内に浸透させる啓蒙活動であり、社内で商品・サービスへの価値観を共有化し、従業員の意識や行動の方向性を一致させる試み」
である。

自分たちの入院機能を高めるための理念・知識・技術を社内で共有し、行動の方向性を一致させなければ、今日の医療制度の下では生き残ることはできない。

入院医療を中心としている医療機関に必要なインターナル・マーケティングとしては、次のものがあげられる。

1)退院支援の強化
退院支援により軽症患者の在宅復帰が可能となり、重症度、医療・看護必要度の患者割合が向上しやすくなる。また、退院支援加算取得により収益の向上も見込まれる。

2)重症患者の受け入れルートや体制の確保
重症度、医療・看護必要度や医療区分2.3の割合を向上させるために、重症患者の受け入れルートや体制を確保する。救急機能の強化、手術部門の強化、在宅からの緊急受け入れ強化などを行うことで、医療必要度の高い患者が集まりやすい。

3)病床機能の転換
自院の地域性に適した病床へ転換することで、病床稼働率を安定的に維持することができる。地域の7:1急性期病棟が過剰、高齢者人口が減っている、近隣の病院が高度急性期へ転換しており、自院の急性期機能の役割が薄れているなどの場合は、10:1病棟、地域包括ケア病棟への転換も視野に入れるべきである。

4)認知症ケアの対応
認知症を有する患者が爆発的に増える中、急性期病院の認知症対応が求められている。入院中に、認知症が発症もしくは悪化し、治療が難渋、あるいは、ADLが低下し、結果、在院日数が増加することが多々みられる。また、急性期病院、療養病院ともに認知症ケアへの体制を強化し、認知症ケア加算を取得することが病院機能の向上に寄与する。

今までの医療・介護では、広告・宣伝などのエクスターナル・マーケティングに力を入れてきた。

確かに、エクスターナルマーケティングでも、患者が集まることから、自院のインターナルマーケティングに力を入れる医療機関は少なかった。

しかし、近年の診療報酬改定や介護報酬改定は、明らかに「サービスの質」を求める傾向があり、サービスの質の向上の有無が収益に直結する時代になったといえる。

インターナル・マーケティングは市場の雌雄を決する重要事項になっている。

複数資格取得推進政策に理学療法士資格が含まれるという相当な事態になっていることを知っていますか!!?

2016年7月16日 日本経済新聞に「医療・福祉にまたがる領域の資格の取得に関する規制緩和」に関する記事が掲載された(下図)。

予てより、フィンランドで導入されているラヒホイタヤという政策の導入が検討されていたがついに、現実味を帯びてきたと言える。

ラヒホイタヤとは、医療・介護・福祉領域の人材不足を補うために様々な資格を取得しやすいように各資格カリキュラムに共通科目を設ける制度である。

簡単に言えば、看護師と介護福祉士の資格を同時に取得するとった「ダブルライセンス」を推進するような政策である。

様々な資格を有する人を確保し、人材不足が生じた業界や領域に速やかに人材を供給することを目的としたものである。

また、在宅医療や介護において複数のサービス担当者が入れ替わりで訪問するのではなく、同一人物が医療や介護のサービスを提供してほしいという利用者側のニーズもあり、この制度が検討されている。

確かに複数の資格があれば、仕事の幅は広がる。

保育園で働いた後に、介護福祉士として高齢者施設で働くことや在宅にて介護福祉士として介護サービスをした後に、看護師として医療サービスを提供することが可能となる。

確かにキャリアデザインにおいて、本制度は有用であるといった印象がある。

新聞記事によると、介護士、保育士、看護師、理学療法士などが本制度の対象となっていると報道されている。

すなわち、理学療法士で介護福祉士、理学療法士で保育士、理学療法士で看護師などのダブルライセンスホルダーが今後生まれる可能性が高い。

この制度の導入は、理学療法士のキャリアにどのような影響を与えるのか?

複数の資格を持つことで、確かに複数の資格が有する専門的な業務を行うことはできるかもしれない。

しかし、複数の専門的な業務を行うことが許可されただけであって、各資格の専門的な業務の質が高いかどうかは不明である。

各資格の専門性の向上は、簡単なものではない。

時間と努力という投資をした結果、専門性が高まる。

看護師として働いている期間では、理学療法士としての専門性を向上させる機会を失ってしまう可能性は高い。

ただ、看護師として働きながら、理学療法士としての知識を看護業務に活かして、看護師としての能力を養うことはできるかもしれない。

複数の資格が取りやすくなる制度に関しては、理学療法士だけでなく、他の資格でも大きな波紋を呼ぶ制度になるだろう。

忘れてはならないことは、「ダブルライセンスホルダーだろうが、トリプルライセンスホルダーだろうが、その人のサービス提供価値が最終的には問われる」ということである。

専門性の高い価値を提供する
複数の領域の知識や経験を活かした価値を提供する

いずれにしても、このどちらができなければ労働市場では評価が低い。

ダブルライセンスやトリプルライセンスを持つことはあくまでも手段であり、目的ではない。

厚生労働省は、マンパワー不足や在宅医療・介護のサービス提供体制への対策として、この制度の導入を図っているが、労働者側である医療・介護・福祉職はこの制度に踊らされることなく、労働者としての真の価値を考えて行動するべきであろう。

理学療法士のキャリアデザインの重要性が益々高まっていることは確実である。

 

記事2016年7月16日 日本経済新聞