医療・介護事業における異業種参入の失敗率を高めるもの

医療・介護業界の再編、地域包括ケアによる地域の支え合い、介護保険事業の参入促進などの影響から、医療・介護事業に異業種が参入する事例が増加している。

居住系施設、訪問看護、訪問介護、デイサービスの経営母体が医療法人以外の民間企業であることはもはや珍しくなく、2025年に向けた高齢者市場の成長に合わせて民間企業の参入が著しい。

民間企業が医療・介護事業に参入することは、社会課題解決のためのイノベーションが生じる可能性と医療・介護事業への安易な参入によるコンプライアンス違反、経営不振、医療介護過誤が生じる可能性の両方を有している。

医療・介護事業は公的保険という一定のルールで行われること
医師、看護師、介護士、セラピストという専門職を雇用する
という特殊な業界である。

したがって、様々な規制や専門性が高い人を総合的にマネジメントをしていくマインドがなければ、民間企業参入しても成功する可能性は極めて低い。

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規制について勉強はもちろんのこと、専門性の高い人材への教育やコミュニケーションを欠かしてはならない。

多くの失敗事例に共通しているのは、「採用段階における企業理念のすり合わせ不足」である。

事業所開設を急ぐあまり、看護師、介護士、理学療法士などの採用を性急に進めてしまい、企業理念とは一致しない職員が入職した場合に最悪の事態を招くことが多い。

理念が一致してないことが起因で生じる言動は計り知れないほど経営や運営に悪影響を与える。

それがコンプライアンス違反や、経営不振につながる。

専門職と理念をすり合わせるコミュニケーションを怠らない異業種しか、医療介護事業では成功しないと断言してもよい。

訪問診療・看護・リハビリテーション・介護のコンプライアンス強化が始まる

2014年度診療報酬改定において訪問診療料等、在宅医療に関する同一建物の複数訪問診療について大幅な減点が行われた。

これは患者紹介ビジネス、悪質な訪問診療形態などに対する懲罰的な意味合いが強かった。

訪問系サービスは介護保険開始により日本全国で一般的になり、今や訪問診療、訪問看護、訪問リハビリテーションに特化した診療所も多く散見するようになった。

在宅医療を普及させるための政策的誘導により診療報酬、介護報酬の単価は高く設定されてきたが、2014年度改定ではついにメスが入る形となった。

訪問看護、訪問リハビリテーション、介護に関しても常に不適切事例が報告されている。

特別訪問看護指示書の不適切な交付
訪問リハビリテーションのマッサージサービス
訪問介護の水増し請求などは昨今の中央社会保険医療協議会にて議論される話題である。

高齢者や死亡者数の増大を鑑みると在宅医療の推進は必要であるが、「不適切事例」を防止するために今後一定のコンプライアンス要件が課せられていくのは必至である。

訪問看護、訪問リハビリテーション、訪問介護に関しては参入障壁は低く、異業種からの参入も多い。

異業種からの参入は日本の在宅医療を充実させるために必要な要件である。

しかし、医療・介護情勢の厳しさを知らずに参入した場合、今後さらに強化されるコンプライアンスが事実上の参入障壁となる。

つまり、自らの医療・介護への理念や倫理の低さが参入障壁となる。

いずれにしても国の規制強化に対して対応可能な組織づくりが課題である。

 

 

介護報酬・診療報酬は30年間は上がらない。しかし、それはチャンスである。

昨日、次期診療報酬・介護報酬に関して減額する記事が新聞、インターネットに多く掲載されていた。

財務省から厚生労働省への圧力と国民の反応伺いといったところだろう。

インターネットや新聞では「このままでは介護事業は立ち行かない」「介護者離職が進む」「国は何を考えているのだ」との多数の意見が出ている。

しかし、見方を変えれば以下のようにも考えられる。

「介護報酬・診療報酬は上がるわけない。ただでさえ、保険で守られている業界であり、かつ、大きな市場があるという恵まれた環境である。介護報酬・診療報酬が無尽蔵に上がるようでは保護産業となり、各事業所、職種の堕落が始まる。だからこそ、イノベーションやエボリューションを起こし、多くの顧客とその支持を集め、さらに新しいビジネスモデルを作る必要がある」

ピンチはチャンス。

この時代に評価される事業所、人材になればいいだけ。

 

 

資格だけでは食えない時代にどう生きるか

医療・介護・健康関連の資格価値は、今まさに深刻なデフレーション局面にある。

かつて「資格を取れば食っていける」という時代は確かに存在した。

だが、今やそれは幻想に過ぎない。

日本は世界有数の高齢社会であり、医療・介護・健康分野の資格保有者は年々増加の一途をたどっている。

資格は飽和し、職能間の競争は激化している。

加えて、長引く経済低迷により、公的保険制度を支える財源は逼迫している。

国は医療・介護費の抑制を前提とした制度設計を進め、診療報酬や介護報酬の改定も「縮小均衡」が常態化している。

つまり、国家予算という“財布”が小さくなる中で、いくら資格を持ち、知識や技術を磨いても、それに見合う報酬が支払われる保証はどこにもない。

それでもなお、多くの医療・介護従事者は「資格さえあれば安泰だ」と信じて疑わない。

もしくは、現実に気づきながらも悲観し、現場での疲弊に甘んじている。

だが、時代が求めているのは“資格保有者”ではなく、“社会に価値を生み出す実践者”である。

資格の持つ真の価値は、特定の領域で専門性を発揮することにとどまらない。

医療・介護・健康領域は、異分野からの参入が難しい構造を持つ一方で、その知識や経験を他分野へと展開する力を有している。

すなわち、専門職は「参入障壁」と「越境的応用」の両方を備えているという点で、極めて優位な立場にある。

とはいえ、資格に過度に依存すればするほど、その優位性は失われていく。「

資格さえ取ればよい」という考え方は、自らの可能性を資格という枠に閉じ込める危険性を孕んでいる。

これこそが「資格取得のジレンマ」である。

このジレンマを乗り越えるには、資格を“目的”ではなく“手段”と捉え直し、自らの知識や経験を通じて社会課題を解決する姿勢が求められる。

もはや“資格に守られる時代”ではない。

「価値を創り出す人材」が報われる時代である。

医療・介護・健康の現場で働くすべての人に、いま一度問い直してほしい。

自らの資格は「社会にとって、どのような価値を生んでいるのか」と。

筆者
高木綾一

理学療法士
認定理学療法士(管理・運営)
三学会合同呼吸療法認定士
修士(学術/MA)(経営管理学/MBA)
国家資格キャリアコンサルタント
株式会社Work Shift代表取締役
関西医療大学 保健医療学部 客員准教授

医療・介護分野の経営戦略や人材育成に精通し、年間100回以上の講演を実施。
医療機関や介護事業所の経営支援を通じて、組織の成長と発展をサポートする。
著書には 「リハビリ職種のキャリア・デザイン」「リハビリ職種のマネジメント」 があり、リハビリ職種のキャリア形成やマネジメントの実践的な知識を提供している。
経営相談・セミナー依頼はお気軽にお問い合わせください。

急性期7:1病棟削減から読み取る医療・介護事業の本質

平成26年度診療報酬改定では7:1病床の削減を目的として、重症度・医療・看護必要度の厳格化、在宅復帰等患者割合の新設が行われた。

7:1病床は現在、35万床となっており、医療費を増加させる要因とされている。

今後、国は急性期医療を高度急性期と一般急性期に機能分化させたいと考え、高度急性期を、「総合入院体制加算1」の基準を満たす病院とイメージしている。

※総合入院体制加算1とは
1.一般病棟入院基本料を算定する病棟を有する保険医療機関であること
2.内科、精神科、小児科、外科、整形外科、脳神経外科及び産科又は産婦人科を標榜し、当該診療科に係る入院医療を提供している保険医療機関であること
3.全身麻酔による手術件数が年800件以上であること
等が要件である。

では、一般急性期はどのような機能が今後は求められていくのだろうか?

一般急性期は高度急性期のように診療密度が高くはないが急性期の患者に診療を提供する病棟であると国は定めている。

すなわち、肺炎、骨折、内科系疾患等で軽度から中等度の重症の患者が入院する病棟である。

そのような疾患の患者は、2030年まで増加していく。

このような状況で病棟を削減していく国の考えには矛盾している点がある。

それは今後推進される在院日数短縮と病床削減の目的と7:1病床削減の目的が二律背反することである。

在院日数が短縮し、病床が削減されれば、相当数の患者が毎日入院してくる。

そうなると看護師の現場対応はより繁忙となりマンパワーが確保が重要となる。

すなわち在院日数が減らす以上、マンパワーとの確保が重要である。

国がこの点に気づいていないことはありえない。

知っていて言わないという可能性が高い。

国はかならず、何か仕組みを作り、軽度から中等度の重症患者の対応が可能な社会システムをつくるはずである。

そこで考えられるのが「地域包括ケア病棟」、「地域包括診療料」、「訪問看護」の推進である。

これらの仕組みは慢性期機能でありながら、ある程度の急性的な医療的処置が可能である点である。

このようなフレキシブルな機能をより強化していくことで、急性期病棟に対する負荷を減らしていく可能性が高い。

しかし、最大の問題はそれらの機能の質の担保である。

回復期リハビリテーション病棟も当初かなり診療報酬上のインセンティブが導入され多くの医療機関が参入したが、その診療の質に対して国は懐疑的であり、毎回の診療報酬改定で厳しい要件が設定されている。

今後も「地域包括ケア病棟」、「地域包括診療料」、「訪問看護」の質の向上が求められていく。

医療・介護というのは公的保険で賄うサービスである以上、マーケットの拡大とサービの質の担保という相反することを成立させなければならない。

今後の医療・介護事業の成否は質の担保にあることを忘れてはならない。