2015年9月17日 日本経済新聞報道の「理学療法士の供給過剰問題」の本質を考える

2015年9月17日の日本経済新聞に主題「医出づる国」、副題「削りしろ」探せというテーマで下記の記事が掲載された。記事の中段には「供給過剰 無駄な治療も」と掲載されている。記事は歯科医師の供給過剰問題に併せて、増え続ける理学療法士について言及されている。

養成校が乱立していること、年間1万人の理学療法士が誕生していること、一つの病院に求職者が殺到していることが記事には掲載されている。そして、記事の締めくくりには「日常生活に支障がない、老化に伴う骨の変形なのに長期間リハビリをするような弊害も指摘される」と、記載されている。

さて、まずこの日本経済新聞とはどのような新聞だろうか?
日本経済新聞は経済業界の広報誌に近く、経済情報を中心に報道している新聞である。また、政府が国民の反応を探索するために、様々な政策や情報を流している新聞であるとの噂も耐えない。いわゆる、極めて経済界や政府寄りの新聞であると考えても良い。
そのような新聞が今回の「理学療法士の過剰供給問題」に言及したのである。

現在、日本は慢性的な財政悪化状態が継続している。財政悪化の大きな原因の一つとして、「社会保障費の増大」が挙げられている。社会保障費抑制政策は、小泉政権より継続的に今日まで進められている。しかし、一方で増加し続ける高齢者の対応に必要な人材の確保のため、医療職や介護職の養成校や大学の設置が、国の規制緩和の下に積極的に進められた。
財政面から考えると社会保障費の圧縮と医療・介護職の増加という二律背反する政策がこの15年間に渡って、行われてきた。

しかし、近年、医療・介護職数や介護事業所数が国の整備目標に近づいてきた。歯科医師、理学療法士、作業療法士、薬剤師、管理栄養士の数は国の整備目標数に到達していると言っても過言ではない。現在でも不足と言われている医師や看護師でさえも、2025年までには十分な数に到達すると言われている。

このような背景の中、日本経済新聞から「理学療法士過剰供給問題」が報道された。つまり、国や経済界は「理学療法士の増加に対して何らかの懸念を抱いている」ということが、明らかになったと言える。

記事の文脈から、「理学療法士の増加は不要な医療を生む」というメッセージが読み取れる。
このメッセージがから何を読み取るか。そこに、理学療法士が生き残る道があり、新しい価値を社会に創出する鍵が隠されている。

医療というインフラだけに、仕事を求めるのではなく、医療以外の領域や社会課題に対して理学療法士が対峙していく姿勢も今後、求められる。ピンチはチャンスである。このような報道がされた時に、具体的に行動を起こせる人が10年後は選ばれる理学療法士になっているだろう。


理学療法士過剰

 

経営の素人が介護事業でうまくいく時代は終わった

2015年度介護報酬改定から6ヶ月が経過した。マイナス改定の影響が徐々に顕在化しており、筆者の元にも「事業所の閉鎖が決定した」、「買収先を探している」、「親会社からの売り上げ増加命令が日増しに強くなっている」との声が届く。

今後の介護報酬改定でも、より特徴のあるサービスを有機的に提供できる事業所が生き残れる仕組みが導入される。看取り、認知症、中重度者、リハビリテーション、活動と参加へのアプローチなどを、事業所内や地域で統合的に提供できる事業者が生き残る。
これからは、どんどん今まで与えられていた「はしご」が、外される。「はしご」に甘えて参入した経営の素人は、「はしご」に対して過度に依存している。しかし、よく考えてみて欲しい。「はしご」が外されたあとに、かならず「別のはしご」が用意されている。その「別のはしご」に、乗り移れる経営者や事業者はかならず生き残れるようになっているのが、診療報酬改定であり、介護報酬改定である。
「別のはしご」を特定して、そこにアプローチをする能力こそが、マーケティング能力である。

経営の素人は、マーケティング能力が低い。目先の利益だけを考えると、将来の利益について考える時間が圧倒的に少なくなり、遺失利益の機会を被る事になる。
先述した看取り、認知症、中重度者、リハビリテーション、活動と参加に関しては、厚労省管轄の会議、専門誌、新聞にて様々な情報がリークされている。例えば、今後の在宅医療においては、診療が受けられる対象に制限が加わる可能性が指摘されている。もし、それが実現すれば、訪問看護ステーション、訪問リハビリテーションの事業戦略は大きく変わる。また、診療所やデイサービスの戦略も変わってくる。

このように未来に起こる出来事の芽は、すでに現れている。これらの情報を有機的に統合し、どの方向性で進んでいくのかについて、判断し、財務や人材を考慮して、事業方針を決断していくことが、今後の経営者に必要なリーダーシップである。

介護保険制度が始まって15年。多くの事業が政府の整備目標数に追いついてきている。整備目標数に追いついた瞬間、経営の素人は市場から撤退を余儀なくされる。国はサービスを受ける国民は守っても、経営者は守らない。経営の素人は今こそ、経営の玄人になる時である。

医療機関・介護事業所の経営は目的ではなく、単なる手段である

多くの医療機関・介護事業所は経営が目的化してしまい利益獲得の成否の有無に一喜一憂している。
果たして、医療機関・介護事業所の経営は目的であるか?
否である。
医療機関・介護事業所の経営は目的ではなく、単なる手段である。
医療機関・介護事業所が存在する真の目的はミッションであり理念である。
そのミッションや理念を達成するために、医療機関・介護事業所が存在する。
従業員のモチベーションが低い、職場が楽しくない、利益優先主義の雰囲気が蔓延している医療機関や介護事業所は、経営が目的化して、自分たちの社会における役割を忘れている。

現在の日本は超先進国の代償の結果、数多くの社会課題を抱えている。
その社会課題を解決するために、国より様々な事業が許可されている。
医療機関や介護事業所は社会課題解決のために存在すると言っても全く過言ではない。
診療報酬改定や介護報酬改定の単価や収入増のテクニックに固執する経営者や管理者は、改訂項目の先にある真の社会課題に気づいていない。
経営を保証する利益と社会課題解決の視点をバランス良く持つことが、医療保険・介護保険ビジネスで成功する鉄則であるが、その視点を忘れている人が多い。

飽く無き利益追求は、人件費カット、過重労働、人材育成の軽視、労働環境の悪化、撤退を前提とした運営が行われやすい。医療・介護は人材が最大の経営資源であるため、利益追求による人材資源の劣化は、即、経営不振に繋がる。この単純な理論を理解できずにいる経営者や運営者は多い。

社会保障の財源はますます厳しくなるばかりである。このような時代だからこそ、常に、事業の根本的な目的を確認し、社会貢献をできる事業所作りを怠ってはならない。そして、それが利益の確保に繋がる。

 

診療報酬改定・介護報酬改定は「働き方改定」である

診療報酬改定、介護報酬改定は、医療機関や介護事業所の経営や運営に大きな影響を与える。改定によって、経営方針、人材教育、マーケティングなどの再考が必要となり、企業体としての革新が求められる。

しかし、地域包括ケアシステムが発表された2011年頃より、診療報酬改定、介護報酬改定の様相が変わってきている。
急性期病院の大編成、訪問看護ステーションの重度化シフト、疾患別リハビリテーションの厳格化、老人保健施設の在宅復帰機能、活動と参加を重視したリハビリテーション、診療所の組織化・・・・・事例を挙げればきりが無い状況である。
これらの変化は、医療機関や介護事業所の経営や運営に大きな影響を与えるものであるが、それ以上にそこで働いている理学療法士、作業療法士、言語聴覚士等の医療・介護従事者の仕事に対する価値観にも影響を与えている。

例えば、回復期リハビリテーション病棟で働くことにやり甲斐を感じて、熱心に臨床や勉学に励んでいた理学療法士に対して、診療報酬改定の影響により勤め先から訪問リハビリテーション部門への異動を命じられたとする。こういった場合、殆どに人間には防衛機制が作用する。

防衛機制とは、望まない状況になった時に自分が傷つくのを防ぎ、自分自身を防衛しようとする心の作用である。防衛機制では、怒りを外部に向ける発言が多くなったり、いい訳が多くなったり、責任転嫁をしたりする。それにより、心理的に安定しようとする。しかし、この防衛機制が強く出現し過ぎると、身体に病態が出現し、日常生活に活力がなくなったり、仕事への意欲を失う。

現在、リハビリテーションや看護を取り巻く状況は一年ごとに変化している。そのため、仕事内容や求められる能力の変化も激しい。よって、これからの時代は、働き方を肯定的に変化させていく能力が理学療法士、作業療法士、言語聴覚士、看護師に必要である。
「働き方を肯定的に変えていく」ということは、常に、自らの価値観や興味が社会から求められる領域に位置できるように、キャリアをデザインしていくことである。これは、ビジネスの世界で考えれば、マーケティング活動である。
これからの時代において、医療・介護従事者は個人レベルのキャリアデザインやマーケティング活動ができなければ、防衛機制が強く作用する人生を過ごす事になる。

診療報酬改定・介護報酬改定は「働き方改定」である。組織も個人もこのことを強く意識し、マネジメントを行っていく必要がある。日頃から、働く従業員のキャリアデザインを支援することは、診療報酬・介護報酬改定を乗り切ることにも繋がる。

あなたの会社やあなた自身の「働き方改定」の準備は進んでいますか?

 

在宅回復期リハビリテーションは実現するか?

政府は、2025年時点の病院ベッド(病床)数を115万~119万床と、現在よりも16万~20万床減らす目標を示している。今より30万程度多い人が自宅や介護施設で治療や介護が受けられる社会システムを構築することを目指している。

病床が削減され、在宅が増加する。当然のことながら、在宅で治療や介護を受ける患者像も大きく変化していくと考えられる。急性期は、7:1病棟や高度急性期、回復期は、現在の施設基準Ⅰのようなスーパー回復期に関しては、病床数は維持もしくは増加していくと考えられる。しかし、それ以外の急性期10:1,13:1病棟や回復期リハビリテーション病棟Ⅱ・Ⅲに関しては、病床削減あるいは、地域包括ケア病棟や在宅医療への転換が図られる可能性が高い。

したがって、現在、それらの急性期や回復期でリハビリテーションを受けている患者が、今後は在宅にて回復期のリハビリテーションを受ける可能性がある。フランスでは、在宅入院(Hospitalisation a Domicile)というシステムがあり、病院と同等の治療・看護・リハビリテーションを自宅で受けることができる。フランスは日本と同様、在院日数削減に取り組んでいる国である。看護師、理学療法士等のセラピストに開業権があり、医師より看護やリハビリテーションの処方箋を得て、在宅入院サービスを行う。在宅入院で濃厚な治療・看護・リハビリテーションを受けた後は、日本と同様の自立をサポートする保険制度に移行する。

在宅で回復期リハビリテーションを実践するためには、今より在宅医療の自由度や各職種の参加を強化しなければならない。しかし、在宅で回復期仕様の看護やリハビリテーションを提供するためには、制度的なハードルが高い。
①訪問看護ステーションからの訪問リハビリテーションの提供が今後、不透明であること。
②訪問リハビリテーションステーションの設立が不透明なこと。
③病床削減された急性期と回復期からの看護師・セラピストの在宅シフトが困難であること。
④在宅医療に長けた医師、看護師、セラピスト、薬剤師、管理栄養士が圧倒的に少ないこと。
⑤地域におけるICTの導入による情報共有の仕組みが皆無であること。
⑥在宅で回復期リハビリテーションを提供するノウハウや人材が圧倒的に少ない。

これらの制度的なハードルを乗り越えなければ、在宅で回復期リハビリテーションの提供は困難である。各分野にはそれぞれの立場を主張する団体や研究会があり、これらの組織の圧力も大きなハードルである。

理想と現実を差をどのように埋めていくのか?政府と国民が一緒になって考えていく必要がある。